It always seems impossible until it’s done.
TARP取引はなぜ難しいのか?

TARP取引はなぜ難しいのか?

視点の転換から見える構造的矛盾

― TARP取引の合理性と、その奥にあるテレビ局側の本質的ジレンマ ―

テレビCMの取引形態として、従来からあるスポットCMの取引指標「GRP」(延べ視聴率)に代わり、特定層へのターゲット視聴率(TARP/TRP)を重視する「TARP取引」の導入を求める広告主の声は以前からありました。しかし、国内の地上波テレビCMにおいて、テレビ局が正式にTARP取引を導入しているというケースはあまり耳にしません。一部の広告主と広告会社が「TARPで握りつつ、GRPで発注する」という、非公式な運用にとどまっているのが実態かと思います。
*海外では「TRP」(Target rating point)が主に使用される

その背景には、TARP取引が広告主には合理的に見える一方で、テレビ局にとってはCM在庫管理を複雑化させるだけでなく、その他にも課題がありそうです。今回のプログラBLOGでは、その課題を視点の転換によって明らかにし、図解を交えながら整理してみます。

 

CM在庫管理がシンプルなGRP取引

GRP取引は広告主が誰であっても、CM在庫は一律に“パーセント分”だけ減っていく

GRP取引では、通常「個人全体」の視聴率に基づいてCM金額が決定します。このとき、CM在庫量は各テレビ局が持つ「総GRP」が基準となるため、広告主ごとの%コスト(1GRPあたりの取引単価)が異なっていても、CM在庫管理は比較的シンプルです。視聴率5%のCM枠であれば、どの広告主も同じ「5GRP」分を消費し、テレビ局は誰に売ってもCM在庫が一律に減る構造です。例えていうなら、「ホールケーキ切り分け型」です。あるいは、各キャンペーンのGRPを積み上げていく「GRPバスケット方式」と呼んでもいいかもしれません。

しかしGRP取引は、特定のターゲット層を効率的に買いたいとする広告主の要望には完全には応えられません。

 

局が いいとこ取りを受け入れられない理由

テレビ局が、その広告主の要望に対応しきれない理由は、いわゆる “いいとこ取り” を一部の広告主だけに許してしまうからです。テレビCMには、民放連の基準によりCM総量に上限があります。また各テレビ局の視聴者構成にも大きく差があります。したがって、特定広告主だけにターゲット効率の「良い枠」を多く割り振ってしまうと、その他の広告主には、当然ながら、それまでより偏ったCM枠をあてがうことになるからです。全てが平等とはいいませんが、できるだけ多くの広告主にある程度は納得してもらえるような「スポット案」にしなければなりません。
*CM総量(CM時間の合計)は週間の放送時間の18%以内

したがって、実務上は効率の良い枠と、いわゆる「悪い枠」もパッケージにして「線引き」(作案)する必要があり、結果として“商品としての柔軟性が落ちる”というジレンマがテレビ局にはあります。

しかし、この “いいとこ取り” には、もっと大きな課題があると考えています。通常であれば、特定ターゲット層への効率を重視する広告主は、同じ金額でターゲット効率が良い枠、あるいは同じターゲット効率でCM金額が安くなることを望みます。一方、テレビ局にとっては、ターゲット効率が良い枠ほど、実質的な「ターゲットCPM」(TCPM)は安くなっていくということです。図1は、ターゲット視聴率と個人全体視聴率から推計した各インプレッション数の「ターゲット比率」とTCPMの変化を表しています。実際に、各テレビ局がTCPMでセールス効率を見ていることは稀なのかもしれませんが、計算上はこうなります。

 

図1:GRP取引におけるターゲット比率とターゲットCPMの変化

 

なぜ、このようになるのかというと、GRP取引も、TARP取引も、しいていうなら「インプレッション取引」でも単一セグメントを1レート(一律のCPM)で取引を行う場合も、金額算出のロジックが算数的には構造が同じになるためです(図2)。通常はTARP取引での%コストあたりまでしか計算しないため、“ターゲット効率が良い枠ほどTCPMが下がる” ということは、意外と知られていないのかもしれません。

 

図2:各取引方法別の金額算出ロジックと単価(数式構造は同じ)

 

つまり、このターゲット効率の良いCM枠だけを選んで買われてしまうと、GRP取引により広告主毎の%コストが一律のテレビ局側は、収益性の悪い枠ばかり買われてしまうことになります。特に、%コストが他よりも低廉で、かつ大量にCM枠を買う大手広告主は売上数値の読める「お得意様」である反面、TARP取引を受け入れるとセールス効率の面では大きな足枷となります。

 

一見、合理的に見えるTARP取引

一方、広告主にとっては、TARP取引であればターゲット視聴率に応じてCM金額が変動する仕組みとなるため、CM金額が個人全体視聴率から一律に算出されるGRP取引と比べ、一見、理にかなっているように思えます(図3)。

図3:TARP取引でのターゲット視聴率とCM金額の変化

 

ところが、少し視点を変えて、先ほどの特定ターゲット層のTCPM(広告単価)で考えてみると、違う構造が浮かび上がります。上記の図3を総額から広告単価軸で見直すための視点転換をしたのが図4です。時計回りに45度回転させて、縦軸をCM金額(総額)からTCPM(広告単価)で、横軸をターゲット視聴率からターゲット比率で示しています。こうしてみると、GRP取引ではターゲット比率が高くなればなるほど、計算上のTCPMは安くなっていったのに対し(図1と同様)、TARP取引ではターゲット効率が低い枠のTCPMを安くし、逆にターゲット効率の高い枠のTCPMを引き上げているだけ、とも言い換えられます。

ただ広告主にとっては、ターゲット視聴率(ターゲット比率)に応じてCM金額が決定され、テレビ局としても、ターゲット効率が良い枠を安く売らなくても済むということにはなります。ですが…、

 

図4:TARP取引ではターゲット比率に関係なくターゲットCPMは一律

 

TARP取引だけでは局収入は改善しない

このTCPMは、先ほど計算式を示したように平均的な「ターゲット視聴率と個人視聴率の割合」が元になっていますので、TARP取引を行なっても、全体としてのテレビ局収入は変わらないことになります。そもそもTARP取引の%コストも、インプレッション取引でのTCPMもGRP取引のCM金額から算出されています。これはCM単位で見ても、GRP、つまりキャンペーン単位で見ても同じことです。

したがって、局収入を増額させるためには、図5のようにTCPMを引き上げる必要があります。つまり、TARP取引を導入しても、これがクリアできない限りあまり意味がないことになります。そうするためには、広告主側が「値上げに」応じるということになりますが、そうでなければ、TARP取引を導入しても、CM在庫管理の複雑さが増すだけで何らメリットがないことになります。

 

図5:TARP取引をテレビ局が行う場合はターゲットCPMの引き上げが必要

 

ただし、間に入る広告会社は話が別です。TARPで握る広告会社から見ると、今まで通りGRPで買って、TCPMの安い枠の割合が増えると原価率は低くなり、収益性が増します。できるだけ平均的なターゲット比率以上のCM枠を多く確保できるようにすればいいのです。もちろん、ターゲット比率が平均を下回るCM枠では逆ざやになる危険性もはらんでいますから、そのリスクは広告会社が清濁合わせ飲んでいます。ですので、広告会社のある意味 “自由が効く” 中で、広告主ごとに最適な効率のCM枠に入れ替えをするようなソリューションも必然的に生まれ、そして効力を発揮していくことになります。

 

TARP取引で発生するCM在庫の“排他性”

またTARP取引では、視聴率の指標が特定セグメント(F1、M1など)に分かれます。仮にF1ターゲットで取引した場合、そのCM枠のF2やM2の視聴率はCM在庫としてカウントされず、再利用もできません。つまり・・・、

  • 各CM枠は一度流せばCM在庫として消費される“単一使用型”なのに、
  • ターゲットごとの視聴率に分断して取引することで、
  • 複数ターゲットへの到達分は“未評価”となり、CM在庫が無駄になる

TARP取引では、各CM枠に一つの指標にしか使えない「排他的消費」の性質を持つため、やはりCM在庫管理が複雑化し、テレビ局としては、セルスルー率(販売可能枠の消化率)の低下を招く可能性が高くなります。

図6:CM在庫の一部が “未評価” となるTARP取引の排他性

 

総量評価によるインプレッション取引の提唱

こうした課題を乗り越えるには、視聴率でターゲットごとに分断する考え方から脱却し、「メインターゲット」に加え、それ以外への接触——「スピルオーバー・インプレッション」のうち、広告効果が期待できる「周辺ターゲット」へのインプレッションも含めた、CM枠全体を評価する「総量評価型」のモデルへの転換が必要です。
*広告主にとって広告価値があるサブターゲット群のこと

総量評価する意味
  • CM在庫を“排他的”に扱う必要がなくなる(インプレッションの無駄を無くせる)
  • セグメントごとの視聴数を束ねて一括評価できる(マルチカレンシーにも対応)
  • CM在庫消化効率(セルスルー率)が維持できる(上限のあるCM枠の有効活用)
  • 広告主もスピルオーバー(副次的到達)を含めた実効価値で評価できる(CPMが割高になりにくい)
図7:「スピルオーバー・インプレッション」も含んだ総量評価の考え方

 

テレビCMの価値再構築に向けて

TARP取引は広告主にとって魅力的である一方、テレビ局にとってはCM在庫の分断・非効率という課題を抱えるスキームでもあります。その本質的な矛盾を理解したうえで、すべての視聴を評価する「総量評価によるインプレッション取引」への移行こそが、テレビCMが持つ「本来の価値」を最大化する鍵となります。

これからのテレビ広告には、GRPでもTARPでもない尺度で「新たな価値」を構築し、広告主とテレビ局の双方が納得できる仕組みの必要性が高まってきています。

 

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Yoshiteru Umeda | 楳田良輝