実際のところ、CXのCM出稿はどうなっているのか?
今年に入ってからのフジテレビ(以下、CX)の騒動では、テレビ業界はもちろん、その他の関係各所にも多大な影響が出ていることが連日報道されてきました。しかし、直近は目にする機会が少し減ったように感じます。当のCXは「CM差し替え企業が300社以上」「2月の売上は9割減」など、センセーショナルな見出しが目立ちましたが、実際のデータはどうなっているのでしょうか?
そこで、「テレビCMのインプレッション取引」に関して整理している資料の中から、CX分のCM集計だけをちょっと切り出してみました。2025年1月6日週から2月17日週までの7週間分をCM出稿する「企業種別」に分類し、全CMを15秒換算して比較しています(例:30秒CMは15秒2本として計算)。なお、視聴データはスイッチメディア社 の「TVAL」データをお借りして、各CMを1本づつ積み上げて集計しています。
このデータで見ても、確かに今回の影響の大きさが伺えます。本当に売上が9割も減少してしまったのか? とも思いますが、番組提供(タイム)や視聴率でGRP取引される%コスト(スポット)は、企業ごとに契約単価が異なるため、広告収入(放送収入)では「前年比10%弱」にまで落ち込んでしまうのかも知れません。さらに、CXはCM総量(CM時間)自体も減少しています。1月20日週までは民放連が定める基準「18%上限*」に近い水準でしたが、それ以降はおよそ1割程度少なくなっています。
*週間のCM総量は総放送時間の18%以内。15秒CMなら7,250本以内となる。ただし、各局が一部の番組宣伝をこの上限カウントに含めているかどうかは、ややグレーな部分もある。
企業種別のCM本数総計(週比較)
まず、CM本数による比較です。騒動前? の1月6日週では、CM全体の 92.8% が「一般企業」のCMとなっています。ACジャパン(以下、AC)や業界団体などのCMはほとんど見られませんでした。関連事業のCMもごくわずかです。それが、大手広告主の「CM差し止め」発表後の1月20日週から状況が一変します。
話題となった「10時間会見」が行われた1月27日週には、一般企業のCM数は10%を大きく下回るまでに激減しました。視聴者がACを最も多く目にした時期です。2月3日週以降は、報道によると「CM料金の返金」の対象期間に入っていきますので、ACはピーク時より減少し、番組宣伝(以下、番宣)や関連事業などのCMが増えていきます。ただし、年初と比較すると全体のCM本数は約10%減っています。集計した企業種別の内訳はグラフ下のようになっています。
番宣 | 自局(CX)の番組宣伝 |
関連事業など | CXの事業(映画・出版・イベント・展示会など)や関連会社、騒動後にCM出稿量が急増した映画や舞台・ミュージカルなどで、CXと関係性が深いと思われる企業(個別にCM内容を確認) |
AC | ACジャパン(旧:公共広告機構) |
民放連・JARO | 日本民間放送連盟(JBA)および日本広告審査機構(JARO) *グラフの都合上、合算とした |
一般企業 | 上記以外の企業 |
企業種別のインプレッション数総計(週比較)
CM本数での比較は、ある意味で「視聴者目線」とも言えますので、もう少し「ビジネス視点」で捉えるためにインプレッション数での比較も同様にグラフ化してみました。基本的な傾向に大きな変化はありませんが、インプレッション数、つまり「広告量」で見ると影響がやや大きくなります。1月6日週には一般企業のCMが 96.1% を占めていましたが、1月27日週には 6.5% まで低下しました。年初と比べて総インプレッション数では、CM本数の倍となる約20%も減少しています。
1月6日週と1月27日週の一般企業における日別・時間帯別のインプレッション数の対比を、次の表に示します。朝帯やゴールデン/プライムタイムなど、いわゆる「良い枠」のCMが大きく減少し、それが視聴者やビジネスに与えた影響も大きかったことがうかがえます。(データバーは各週の最大値を基準に作成)*クリックで拡大
番宣は視聴者を繋ぎとめられるか?
1月27日週以降、特に2月に入ってからは番宣が大きく増加しています。番組別に集計すると「ドラマ番宣」が上位となりました。そこで、『119エマージェンシーコール』(月曜21時)、『アイシー~瞬間記憶捜査・柊班~』(火曜21時)の番宣CM量を2月17日週で集計してみました。
『119エマージェンシーコール』の番宣
まず、『119』です。「月9」ですので、CM露出は月曜日の21時直前までとなり、火曜日は終日なし、水曜日と木曜日の午前中もなく、週末から翌月曜日にかけて再びCM露出が増えていきます。なるほどな、と思います。『119』の番宣は、個人全体のインプレッション数で 週に1億3,000万回 にも達しています(GRPなら約330〜340)。連続ドラマの視聴率は、後半にかけて徐々に下がっていくことも少なくないですが(もちろんドラマの内容次第)、今回の「追加番宣」によって視聴率の持ち直しは期待できます。その影響とは言い切れませんが、実際に『119』の視聴率はここ2週ほど続けて上昇しているようです。

ただ、少し気になるのは番宣CM枠の視聴者層です。本編(再放送を除く)の視聴層と番宣枠の視聴層が必ずしも一致しているとは言えません。もちろん、あえて新たな視聴層にアプローチする目的なら問題ありませんが、そうでない場合は、この機会にいろいろ試してみるのも一案でしょう。

また、大量の番宣を地上波のリアルタイム視聴のためだけに使う必要もないように思います。かつてF1層に強いと言われたCXも、エリア内視聴人口(関東)と比較すると、地上波の視聴者構成は高齢化が進んできています。(地上波での)番宣からのストリーミング視聴(TVer、FODなど)も大いに期待できますので、曜日、時間帯は再考しても良さそうです。
以下のグラフは、2月17日週のCXのデモグラ別インプレッション数比較です。全CM、番宣CM、本編CMの構成比を示しています。本編CMは番組視聴層そのものが反映されるため、現状で広告モデルの「一本足打法」である地上波テレビにおいては、最も重要な指標の一つです。本編CMの構成比と比べると『119』の番宣枠は、全CMとほぼ同じデモグラ比率(平均的な比率)になっており、ややもったいない印象を持ちます。もう少しCM枠を調整する余地があるのかも知れません。
『アイシー~瞬間記憶捜査・柊班~』の番宣
同様に『アイシー』のデータも見てみます。火曜21時のドラマは、月9と比べると高齢層(特に女性)の視聴者比率が高めです。我が家でも、F3家族が毎週楽しみに観ています。そして、『アイシー』からの『東京サラダボウル』(NHK22時)へとチャンネルを回しています(余談)。

『119』よりも総インプレッション数は少ないですが、それでも『アイシー』は約 7,600万回 ほどの番宣CMを露出しています。GRPであれば200程度になりますから、一般企業なら 3,000〜3,500万円程度の費用が掛かっていることになります。こちらもデモグラ別で横並び比較してみます。番宣のデモグラ比率はやはり平均的なものと言えそうですが、『アイシー』の場合は、結果的に若者層に多めに露出されたことになります。
インプレッション取引だけではターゲット効率は改善しない
プログラマティカで提唱してきた「総量評価によるインプレッション取引」では、いくつかの新たなチャレンジが可能です。単一セグメントだけでのインプレッション取引では、あまり意味がありません。意味がないというよりも、「取引指標」が変わっただけで、GRP取引と何ら変わらず(同じである)、ターゲット効率の改善にも、局収入の増加にもつながらないということです。
地上波テレビCMのインプレッション取引は、ただ単に取引指標を変えるとか、新たに「代替通貨」を導入することが目的ではありません。近年のストリーミング視聴の急増による「視聴の断片化」は、ターゲティングを前提としたCTV広告(ストリーミング)を「メイン」とし、テレビCM(リニアTV)を「補完」として活用する流れを推し進めることになるでしょう。しかし、従来のテレビCMと同等規模の露出量をCTV広告だけで確保しようとすると、CPM(広告単価)の高さが広告主にとって大きな負担となるため、より効率的な地上波テレビCMの新たな活用スキームを確立する必要があります。
CTV広告をメインとし、テレビCMを補完的に活用する際の整理をしました。下図は「メインターゲット」と「周辺ターゲット*」の関係性を示しています。これが「コンバージドTV」における、つまりストリーミングとリニアTVによる動画視聴を統合的に捉えるターゲット戦略となると考えています。
*周辺ターゲット:従来のメディアプランニングやバイイング時に軽視されがちなサブターゲット群のこと

CTV広告は、特定のセグメントに対してターゲティングが可能ですが、CPMは非常に高額になります。一方、テレビCMは従来の「大量に安く」から「適量を効率的に」バイイングする戦略へと移行し、CTV広告に対するインクリメンタルリーチを確保しながら、タイミングよく効果的に重複リーチを生み出すことが求められます。
CTV広告では、周辺ターゲットは考慮されていないケースが一般的かも知れませんが、広告主の多くは、他のプロモーション活動においてはセールス面を考慮して、何らかの周辺ターゲット(サブターゲット群)も設定していることでしょう。
したがって、テレビCMにおけるインプレッション取引では、従来のGRP取引とは「異なる」バイイング方法(新しいセールス手法)を広告主に明示していく必要があります。
CXの話に戻しますと、各番組の番宣でどのようなターゲットを狙っているかはさておき(現状、知りえないので)、例えば、番宣枠全体の中で、番組毎に新たに欲しい視聴層のターゲット効率の改善テストをしてみたり、逆に現在の番組視聴層とマッチしているCM枠に優先して露出するようなトライをしてみたりすることが、今後、平時に戻った際のアドバンテージになると考えます。
以下は、2月17日週に使用された番宣枠(約2,200本/15秒換算)の中だけで「総量評価」をして、女性視聴者(メイン:F1、周辺:F2)のターゲット比率を高められるか? のシミュレーションをメインターゲットへのインプレッション数別(100/300/500/800万回)に段階的に行ったものです。基本的にターゲット効率は、インプレッション数が適量から大量になればなるほど低下していくものですが、改善は十分に可能です。(そして、最後は平均値となる)
以上、今回のプログラBLOGでは、視聴データを基に「CXの現状」を独自の視点でまとめました。
現在のような状況が長引くことは、テレビ業界にとどまらず、広告主や視聴者にとっても決して望ましいものではありません。一日も早く多くの問題が解決され、CXが通常の状態を取り戻せることを切に願っています。ただし、単に元の形に戻るのではなく、より進化した形での復活が理想的です。そのためにも、この機会を活かし、未来に向けた準備が着実に進められることを期待し、応援しています。
YES/NOチャート
(追記)いわゆる「YES/NOチャート」を割と真面目に作成してみました。
Programmatica Inc.
Yoshiteru Umeda|楳田良輝