インプレッション取引の導入は不可避
プログラマティカでは、かねてより国内のテレビCM取引における「総量評価によるインプレッション取引」の導入の必要性を提唱してきました。その理由はいくつかありますが、特に重要なのは、テレビ視聴率の低下とストリーミング視聴の急成長に伴い「視聴の分断化」が拡大していることです。そして、リニアTV(従来のテレビ放送)とコネクテッドTV(CTV)の取引指標が異なっていることは、広告主の「コンバージドTV」(テレビ×ストリーミングの統合戦略)における投資バランスの判断を一層難しくしています。
視聴率はあくまで「率」であり、視聴の実態を正しく把握するためには「実数」で見ることが重要です。ただ、実数といっても視聴率からの拡大推計なのがまだまだ現状です。米国では視聴測定の標準は「ビッグデータ+パネル*」へと移行しつつありますが、日本国内でそれが主流になるのには、もう少し時間がかかるでしょう。では、「実数化」には意味がないのか?というと、そうでもありません。視聴率ではセグメントをまたいで加減乗除ができないため、比例尺度である視聴人数や視聴回数などの「実数」で捉えることで、新たな視点も見つかるはずです。
*遂にNielsenも2025年中に「パネル調査のみ」の視聴測定の提供終了を発表(The Wall Street Journal 2025.1.24)
例えば、近年注目されることが増えた「共視聴*」についても、視聴率ではなく視聴人数に変換することで、その傾向値を掴むことができます。以下グラフはその参考例です。ただし、共視聴はより詳細に分析することで、さらなる深い洞察を得ることができます。平日/休日の平均値だけでなく、曜日別や時間帯の傾向、各番組や細かな分単位での分析、さらにはCM単位まで落とし込むことで、より具体的な視聴動向が明らかになります。また、もっと精度の高い測定を求める場合は、それに特化した視聴測定データを利用するのも有効でしょう。
*コビューイング(Co-Viewing):複数人での視聴
テレビは1人で見るよりも2人、2人よりも3人で見る方が、注視度合いが高まるといわれています。例えば、スポーツバーでW杯やWBCを観戦する人々の姿を思い浮かべると、その一体感と盛り上がりが視聴の集中度を高めていることがわかるはずです。かなり古い話になりますが、昭和の「街頭テレビ」で力道山の試合に熱狂する当時の人々の映像を見ると、街頭テレビ(みんなで集まって見ること)がいかに人々を夢中にさせていたかが伝わってきます。もしあの時代に、今のような視聴測定技術があったなら、「空手チョップ」の瞬間、どれほどの注視度合いが記録されたのか――想像するだけで興味深いものがあります。
視聴者構成の再確認
さて、テレビ視聴だけに限らず、国内の人口減少および高齢化は深刻な課題で頻繁に話題にもなります。そこで、キー局の放送エリアである関東エリア(1都6県)を例にとってテレビ視聴者構成*をレーダーチャート化すると以下のようになります。東京一局集中の影響もあり、関東エリアは全国平均よりもやや若年層の割合が高くなっています。
*総務省「令和6年1月1日住民基本台帳年齢階級別人口」からテレビ保有率などを勘案して独自試算
では、この人口ベースのテレビ視聴者構成に対して、各キー局の平均的な視聴数はどうなっているでしょうか。視聴を率でなく実数としてやることで同じ指標で比較できるようになります。それが以下のレーダーチャートです。テレビ視聴データはスイッチメディア社の「TVAL」から2024年7月期*のデータをお借りして、テレビCMのインプレッション数をプログラマティカで独自算出しています。
*2024年7月期の1週間分の全スポットCM(15秒換算)
各キー局の視聴数(構成)にはかなりの違いがあること、どの局がどんなセグメントに強みがあるのか、また逆に弱いのかがあらためてよくわかります。
インプレッション取引でターゲット効率を改善
そこで総量評価のインプレッション取引*で、広告主とテレビ局が共に効率改善を図るシミュレーションをしてみます。
*「総量評価のインプレッション取引」に関する細かな説明は今回は割愛
若者層向け
まずは若者層向けです。例えば、飲料などの消費財メーカーが「20〜30代若者向け」をターゲットに設定する場合です。M1、F1はメインターゲット、M2、F2は40代を2/3ほど含みますので周辺ターゲットとします。当然、ターゲットCPMには差をつけます。以下、TBSを例に試算しています。
<設定条件>
メインターゲット | 男性20〜34歳(M1)、女性20〜34歳(F1) |
周辺ターゲット | 男性35〜49歳(M2)、女性35〜49歳(F2) |
設定ターゲットCPM(TCPM) | メイン:2,000円(M1、F1) 周辺:1,000円(M2、F2) |
メインターゲット比率(効率改善) | 11.5% → 18.3% |
<インプレッション比率>
メインターゲットへのインプレッション数を上限500万回として比較的小規模なキャンペーンを想定してシミュレーションしました。全体(ALL)の平均CPMは619円となりました。TBSの平均CPM418円(推定)と比較するとコスト上昇率は+48%だったのに対して、メインターゲットの効率改善率は+59%でした。効率改善率が11pほど上回っています。もちろん、周辺ターゲットの効率もアップしています。大量のCM投下をしなくても良いCM枠を確保(提供)することが可能です。
高齢層向け
また、総量評価のインプレッション取引では「高齢層」に向けたキャンペーンでも効率を改善することが可能です。例えば、高齢者向けのメーカーや通販会社を想定して「60代以上シニア」をターゲットに設定する場合です。現下のテレビ視聴はシニア層比率が高いとよくいわれますが、その効率をさらに上げることができます。M4、F4をメインターゲットに、M3、F3も1/3ほど60代を含みますので周辺ターゲットに設定します。ただし、視聴者が多いメインターゲットのターゲットCPMは抑えめにして、周辺ターゲットと同額に設定しています。
<設定条件>
メインターゲット | 男性65歳以上(M4)、女性65歳以上(F4) |
周辺ターゲット | 男性50〜64歳(M3)、女性50〜64歳(F3) |
設定ターゲットCPM(TCPM) | メイン:500円(M4、F4) 周辺:500円(M3、F3) |
メインターゲット比率(効率改善) | 39.8% → 61.8% |
<インプレッション比率>
元々、TBSのメインターゲット比率は4割近くあり効率は良いのですが、それが6割強まで上昇します。TCPMを抑えめに設定しましたので全体(ALL)の平均CPMも428円(+10円)と安価で、コスト上昇率はわずか+3%程度です。しかし、メインターゲットの効率改善率は+55%でした。効率改善率の方が52pも上回っています。また、高齢者向けのインプレッション取引を導入することは、若者向けに効率が良いCM枠をインプレッション取引用に残せるメリットもあります。
これら2例は、プログラマティカのインプレッション取引シミュレーションツールを使ってスポットCM枠を1本づつ試算した結果です。このツールではかなり精度高くシミュレーションができますが、規模、予算、労力などに限りのあるローカル局でもインプレッション取引を実現するには、もっと「簡便な方法」が必要かも知れないとも考えています。では、その方法を考えてみます。
CM枠の「類似性リスト」
それは、特定ターゲットに効率が良いCM枠を参照元として、それとより類似する(Similarity)視聴者構成を持つCM枠をピックアップしてパッケージ化したCM商品とすることです。この方法は、まずはデモグラでは有効なことがわかってきました。デモグラ以外のセグメントについてはこれから検証を重ねていきたいと考えています。いずれにせよ、「シンプル」「小規模」「低コスト」でインプレション取引が実現できそうです。
以下は参考までに、前述の「若者層向け」と同等のターゲット設定で試算しました。No.0行のCM(CM_No:1886)を参照元として、1週間分のスポットCM約5,000本(15秒換算)から、それと類似性が高いCM枠を40本ピックアップしました。もちろん、この全てのCM枠を使用してパッケージ化する必要はありません。あくまでも「類似性リスト」です。逆に対象期間を広げて(月単位で作案作業を行う場合などは)1ヶ月分からまとめてピックアップ(あるいはパッケージ化)することも可能です。
Similarityの数値が小さいほど類似性は高くなっていきます。上段はインプレッション数での視聴者構成(デモグラ12区分)、下段がその構成比率となっています。特に下段で見るとその類似性が理解しやすいため、視覚的にも白黒つけやすくなります。後は、曜日・時間(Day_zone)を従来の作案作業時に反映させていけば活用可能です。
これまでも、単一セグメントの含有率などを見て効率の良いCM枠の作案作業を行うことはできたと思います。ただ、広告主のターゲットは必ずしもひとつのセグメントとは限りません。マーケターとしては、ターゲットボリュームが少ない方が良い訳はありません。これまではメディアバイイングのためにひとつに絞る必要があっただけです。
ところが、対象とするセグメントが複数あると割り当て(線引き)の難易度は増します。また、量(CM本数やキャンペーン数)が多くなると作案は複雑怪奇になります。したがって、そのような要望には応えられて来ませんでした。「いいところ取り」はテレビ局は避けたいからです。しかし、事前に一定の「インプレッション取引パッケージ」をいくつか用意することで、広告主サイドの要望に応えられやすくなるでしょう。
なお、このSimilarity(類似性)のスコアは、生成AIを活用してプログラマティカにおいて独自にカスタマイズした計算式を使用しています。ローカル局は使用できるテレビ視聴データの種類や粒度がある程度限られてきますが、それでもインプレッション取引を導入することは不可能ではありません。ナショナルクライアント以外の広告主においても、現在のリニアTVとコネクテッドTVおよびデジタル広告との取引指標の違いは面倒であることに他なりません。それが、さらなる「テレビ離れ」を誘発することも懸念されます。できるだけ早く、解決するためのチャレンジが必要な時になって来ているといえるのではないでしょうか。
Programmatica Inc.
Yoshiteru Umeda|楳田良輝