代替通貨は早期に求められている
米国での「テレビ視聴測定に関する変革の波」や「テレビ取引における代替通貨」については、このプログラBLOGで何度か取り上げてきましたし、日経クロストレンドにご掲載いただいた連載でもご紹介しました。しかし先日、Nielsenが2020年に発表していた「C3/C7*1の2024年9月での完全廃止」を撤回するとのニュースが突然あり、関係者を驚かせました*2。
*1 放送日から3日間/7日間のライブ視聴と録画視聴を合計したテレビCM時間帯視聴率
*2 AdAge「Nielsen won’t sunset legacy rating in 2024 as planned」(27, Oct 2023)ほか
それらによると、Nielsenは2024年以降も従来のパネルベースのACM*1(平均CM視聴数)を存続し、ビッグデータ+パネルベースのACM、また、メディアバイヤー(広告会社や広告主)やメディアセラー(パブリッシャーやプラットフォーム)などが選択すれば使用できる、同じくビッグデータ+パネルベースのICM*2(個別CM視聴数)も新たに加えて、「3つの取引通貨」を混在させる可能性があります。さらに、2022年からNBCU(NBCユニバーサル)などの数社がすでに採用しているNielsen以外の測定事業者が提供する「代替通貨」*3も同時に存在することになります。このような玉石混淆とも呼べる状態がずっとは続かないはずですが、いずれにせよ、これまで長くNielsen一択だった米国のテレビ取引通貨は、「マルチカレンシー(多通貨)の時代」に突入したことは間違いないでしょう。
*1 Average commercial minutes / *2 Individual commercial minutes / *3 iSpo.tv、Comscore、VideoAmp など
そこで、日本国内のテレビ取引においても代替通貨の必要性はあるのか?について、以前考察してみた内容を当時の資料を元にご紹介します(初版2022年12月/改訂2023年4月)。テレビ取引の代替通貨、つまり、現在の「視聴率」に代わるものが国内でも必要か?それは「インプレッション取引」の早期導入ではないのか?を考えてみたものです。
2022年12月に取り上げた「テレビの取引通貨をインプレッション化すること」と重複する部分もありますので、今回はもう少し先まで掘り下げてみたいと思います。
インプレッション取引へ移行する米国
国内での代替通貨の必要性は?
米国で先行するテレビ取引の課題やその解決策を研究していますと、やはり世帯にせよ、個人にせよ視聴率*1を基にした国内のスポットCMの「GRP取引」には課題がありそうです。元々、本数単位で取引*2されていたスポットCMは、そこにタイムランクの考え方(時間帯ゾーン別の価値)を加え、1970年代半ば頃から現在の視聴率を基準とするGRP取引へと移行していきました。GRP取引はとても優れたシステムですが、すでに半世紀近くが経ち、少しずつ現下の状況に合わなくなってきたと考えています。
*1 ちなみに、国内では「番組平均視聴率」をテレビCM取引の基準としている。ただし、個別のCM視聴率データを提供する測定事業者もある。
*2 現在でもローカル局などでは地場企業との取引が本数単位であることも少なくない。
その理由のひとつは、あたり前の話ですが視聴率は「実数」を持っていないということです。では、なぜ実数でないといけないのでしょうか? 以下は、関東地区(1都6県)約4,200万人を12区分した性年齢別(デモグラ)のグラフです。左は視聴率ベース、対比のため便宜的に各セグメントを100としています。右は人口ベース*、つまり実数となっています。
*ここでは純粋に人口。テレビ保有の勘案なし
次に、個人全体で400GRP(PRP)のテレビCM投下をした某清涼飲料メーカーのキャンペーン実測値が以下のようになります(このキャンペーンが効率的であったか否かの議論はここでは除く)。一見、似たような結果にも見えますが、「率」と「実数」では大きな違いがあります。それは、率の場合は、それぞれのセグメントを「合算することはできない」(逆に除外もできない)ということです。
例えば、女性13〜19歳(FT)の176GRPと、女性20〜34歳(F1)の245GRPを合算して、女性13〜34歳に421GRPのテレビCMを投下したとはいえませんし、その平均値を出すことも正しくありません。これは特定のセグメントでなくても、放送エリア間でも同じことがいえます。関東地区の1,000GRPと、関西地区の500GRPを合算して、東阪で1,500GRPのテレビCMキャンペーンを実施したともならないのです。当然、実数となるインプレッション数(広告表示回数)は、セグメント間でも、エリア間でも合算することが可能です。
矮小化するターゲット数
では、それがなぜ問題なのか?です。例えば、某自動車メーカーが新型RV車の広告キャンペーンを行う際に次のようなターゲット設定を行ったとします。「新車購入を検討」している「アウトドア好き」の「20〜40代の男女」。通常、新車購入サイクルが7〜8年ともいわれる自動車業界で、これら3つの要素が重なるメインターゲットは、この自動車メーカーにとってはとても魅力的な存在でしょう。ベン図で見ても理想的、かつ効率的に見えます。そして、実際にデジタル広告では、この3要素を「AND条件」とするターゲットセグメントに広告配信を行うことがすでに可能です。
しかし、このAND条件で繋いだメインターゲットを実数で見てみると約70万人*です。もはや、この70万人を母数にして視聴率で何かを推し量ることはさすがにしないと思いますが、デジタル広告と比較してテレビCMの効率性を見てしまうことは少なくないでしょう。また、率の場合、前述のようにセグメントを足しあげることも、除外することもできないので、そのAND条件で括られる、矮小化されたターゲットセグメントにしてからでないと数値化できないことも問題です。
*関東地区4,200万人から当社試算。(20~40代男女1,700万人/新車購入検討300万人/アウトドア好き900万人)
総量評価とインプレッション取引で課題を解決する
プログラマティカでは、テレビCMとデジタル広告のそもそもの違いを次のように考えています。テレビCMは、広告キャンペーンでメインターゲットとする層以外にも広告が到達します(これを「周辺ターゲット」と呼ぶこととする)。逆にいうと、それを除外することはできません。メインターゲット以外はターゲットでない、という場合は当てはまりませんが、サブとなる周辺ターゲットが全く存在しないということも少ないのではないでしょうか。テレビCMを評価する際は、この周辺ターゲットへの影響も考慮した「総量評価」を行う必要があります。そして、総量評価は、必ず実数を基にします。
最近はあまり使われないかも知れませんが、個人視聴率を世帯視聴率で、あるいはターゲット視聴率を個人全体視聴率で、率を率で割った「ターゲット含有(率)」などで効率性を見る考え方も、十分に正しいとはいえません。
プログラマティカで過去に行った戸建住宅メーカーでの総量評価の事例を簡素化して説明したものです。総量評価ではメインターゲットを係数1として、周辺ターゲットを1未満の係数で評価します。係数0はターゲット外です。極論するなら、完全に男性向け商品なら、女性群は係数0ということになりますが、通常は限りなく0に近くてもなんらかの係数を与えることをお勧めしています。この戸建住宅メーカーではメインターゲットにM2(男性35〜49歳)を設定し、サブとなる周辺ターゲットには、F2(女性35〜49歳)と男女共に上下年齢層がそれぞれ存在しています。
総量評価は、スポットCM中心の広告キャンペーン以外でも、改編時にいくつかのタイム(番組提供)候補を比較検討する際にも使用可能です。しかし、これもあくまでスポットCMがパーコスト(以下、%コスト)でGRP取引される、タイムが個別の取引単価*を持っていることを前提とした中でのこれまでの評価方法です。この総量評価という考え方は、「インプレッション取引」に移行することで、さらに進化させることが可能だと考えています。
*同じタイム(番組提供)でも番組料金が広告主ごとに異なることはある
インプレッション取引とは、広告表示回数に基づく取引のことで、インターネット広告(デジタル広告)では一般的となっています。CPM(広告表示1,000回あたりの単価)を基に取引されますが、米国ではテレビ広告の取引指標としても使用され始めています。
ターゲットの価値、ボリュームとCPM
インプレッション(広告表示)を指標として、ターゲット毎の価値、そのボリュームとCPMの関係を整理してみました。近年、数多くのテレビ視聴データが提供されるようになり、その便益のひとつとして、デジタル広告と比較するためにGRPを個人視聴率から換算して、テレビCMのCPMも算出できるようになってきました。すると、
- ①テレビのCPMは安い、ということになりますが、それは男女4歳以上の個人全体のもので、今更それをターゲティングが前提となるデジタル広告と比較する訳にもいきません。とはいえ、
- ②デジタル広告の流儀になぞらえて、複数のAND条件でターゲットを矮小化して評価するのも前述のように正しくなさそうです。かたや、
- ③せっかく個人ベースの指標があるにもかかわらず「コアターゲット」(例:男女13〜49歳)として、ざっくりと括り直してしまうのはもったいなく、マーケティング指標としても十分とはいえません(コア視聴率は本当に広告主が求める新しい指標になっているのか?)。そこで、
- ④テレビの特性を生かした、適切なCPMで正しく「質と量」で再定義していくことが必要となります。これは、コネクテッドTV(CTV)などのストリーミング視聴が国内でも増加する中で、「テレビ×ストリーミング」時代における重要な評価の考え方となります。
個人視聴率をインプレッション数の「実数」とすることで、個人全体だけでなく、任意でセグメントを合算したり、除外したりできるようになると、前述の自動車メーカーの広告キャンペーンをプログラマティカでメディアプランニングするとすれば、メインターゲットだけでなく周辺ターゲット層も十分に勘案して、以下のような考え方を示します。デジタル広告の効率性だけでなく、テレビCMの持つ「本当の力」も最大限に活用するためです。
メインターゲットと、周辺ターゲット層に対して個別にCPM設定してみます(仮説CPM)。AND条件だけでなく、OR条件、さらにANDもOR条件も混在させながら設定します。率でなく、実数で捉えているために個々のセグメントに対してCPMを設定することが可能になります。当然、それぞれのセグメント価値をどう評価するかは、広告主によっても異なることになるでしょう。
仮説CPMを整理すると以下のようになります。少々難解になってきますが、そもそも従来のように全てを「手売り」する前提では考えておらず、プログラマティック取引に移行していくことを想定しています。ただ、プログラマティック化するとはいえ、ターゲットセグメント毎のインプレッションをどのように評価するか?の方がより重要ですので、当初は人力で対応することも可能でしょう。
繰り返しになりますが、率でなく、実数で見ているので各セグメントは合算したり、除外したりすることが可能です。インプレッション取引では、個人全体でのCPM(値付け)は無くし(できればデモグラよりも細かくしたいが)、メインターゲット(t1)のターゲットCPM(TCPM)に、周辺ターゲット(t2、t3… )のTCPMも加えたカスタムな「トータルTCPM」を算出できることが理想です(例:トータルTCPM =t1+t2+t3…)。このCM枠を誰に買ってもらうのが一番価格が高くなるのか?あるいは、どのCM枠を買うのが自分たちにとって価値があるのか?を、より細かに比較することが可能となるでしょう。
*このトータルTCPMをどうやって計算するかは、少々丁寧に説明したいので、また機会があれば解説したいと思います。
追記(2023.12.25)
年明けの2024年1月30日、メディアコンサルタントの境治さんが、この「トータルTCPM」の考え方などをお話しできる機会を作ってくださいました。有料ウェビナー(セミナー)となりますが、ご興味ある方は(特にテレビ局関係の方)ぜひ、ご参加くださいませ。
・ウェビナー「CTV時代のテレビCM データを駆使した新しい売り方を考える」
また、境さんのNoteにも、このセミナーのことを丁寧にご紹介いただいています。こちらもぜひ。
*本ウェビナーは終了しました(2024年1月30日)
最新版の講演資料が以下よりダウンロード可能です。
テレビCMの現状を実データで確認
ここからは、個別の広告主には直接関係がないことかも知れませんが、テレビ局の方たちとは一緒に考えてみたいお話です。まず、テレビCMは民放連*の基準で「週の放送時間の18%まで」になりますので、上限は1週168時間(24時間×7日)の18%、つまり「30.24時間」(約7,250本)となります。実際に関東地区某局のとある1週間のCM量を本数ベース(15秒換算)で集計した結果は、全CM本数(一部番宣除く)が7,189本(約30時間)、このうちスポットCMは合計5,156本(71.7%)となっていました。ただし、スポットCMとタイム比率はテレビ局毎に、または集計する時期などによっても少し差があります。
*日本民間放送連盟(一般社団法人)
この5,156本のスポットCMの個人全体視聴率の総GRPは「10,867GRP(PRP)」でした。CM本数の総量は各局で大きな差はないですが、この総GRPは当然ですが、局毎に異なります(これは1局の例)。そこへ個人全体の%コストを前述と同様に15万円と設定して、1週間のスポットCMの総収入を試算すると約16億3,000万円ということになります。
参考までに、2023年上半期のキー局のIR資料からスポット収入の週平均(半期26週として)を試算すると表1のような数字となります。前述の集計データはひとつの局の(どこの局かは伏せる)、集計期間も1週間のみとなっていますし、%コストもざっくりと一律で試算していますので、あくまでも、上記のスポットCMの総収入試算の確らしさの目安としてください。
そして、総GRP10,867GRP(PRP)をインプレッション数にすると、約48億インプレッションでしたので、総収入16億3,000万円をこの総インプレッション数で割り戻した平均CPMは「340円」(男女4歳以上)となります(安いですね。でも、もっとお安い広告主があるのかも知れない*)。実際の各局の平均CPMと差があるかも知れませんが、あくまでも上記条件下での試算ですのでご了承ください。
*18%の上限規制があるテレビCMでは、たくさん買うから安くするという商習慣は再考が必要に思える
売価アップや売り枠増となる仕組み
さて、ここまでは過去データを単に集計した結果です。そこで、インプレッション取引を導入していく中での可能性、アイディアを見つけるための試算を続けます。まずひとつ目(試算①)。かなり極論ですが、現状のままのスポットCM枠を女性20歳以上(F20+)だけの評価で全枠を「インプレッション取引」した際の収入試算です。デモグラはセグメント間の重複、また抜け漏れもないので、ここではわかりやすくデモグラで試算します。F1をメインターゲットに、周辺ターゲットにF2、F3-(女性50〜64歳)、F3+(女性65歳以上)と段階的に仮説CPMを設定しています。この試算では女性19歳以下、全ての男性へのインプレッションへの評価をなくし、つまりCPMを「0円」で試算*しています。
*プログラマティカでは前述の通り、総量評価では最低でも0より大きい係数を(最大係数は1)を推奨しているが、ここでは「極論値」とする。
この試算からいえることは、現状のままの視聴者構成だったとしても(過去実績から試算しているため)、全スポットCM枠をF20+以上へのインプレッション評価だけで取引することで、3割程度のカロリーアップができることになります(はい、もちろん机上の計算です)。でも、CPMも現実的な範囲です。一般的に、TVerやAbemaのような広告付き無料ストリーミングに必要な広告単価はCPM2,500〜3,000円前後かと思われます(CTV広告に限定していない)。むしろ安すぎるくらいの仮説CPMで試算しました。もし、基本的にプレミアムコンテンツにしか挿入されないテレビCMのF1のインプレッションが、CPM1,400円以下でしか売れないとしたら、そこは逆に別の大きな問題がありそうです。
また、女性20歳以上(F20+)をターゲットにする商品って何?とか、この試算は、F3-(女性50〜64歳)、F3+(女性65歳以上)の人口構成比の多いところでカロリーを稼いでいるだけでは?と思われるかも知れませんので、もうひとパターン試算してみましょう(試算②)。以下はMF1、MF2のインプレッション評価だけで試算しています。男女20〜49歳なので「コア視聴率」の年齢幅よりは少し狭めになっています。もちろん、ターゲティング条件が厳しくなっていますので、先程の試算①よりも仮説CPMはそれぞれ高めに設定します。それでも、MF1を2,000円、MF2を1,500円レベルで試算してみます。どうやら、総収入試算は先ほどよりも大きく140%近くになりそうです(試算①および②共に約3〜4割程度の増収)。
テレビCMバイイングを「四面体」でモデル化してみたものです。テレビCMを購入する際の選択基準は、大きく「量」と「質」の2極に分けられます。上側が量(単価が安くなる)、下側が質(単価が高くなる)です。そして、そのどちら側に近づいて行くのかは「日時・期間」「番組・内容」「人・属性」の3つの因子に整理することができます。ここではモデル図の細かな説明は割愛しますが、スポットCMは「日時・期間」が主要な因子であるにもかかわらず、本来はタイム(番組提供)の因子であったはずの「番組・内容」までも、徐々に求められてきてしまったと考えています。でも、%コストが変わらないのであれば、作案や改案の段階でのそのような要望も、広告主にとっては当然のことなのかも知れません。
3つ目の次世代型といえる「人・属性」などのターゲットの絞り込みについてです。現在のテレビCMの仕組みの中では対応が難しく、SAS(スマート・アド・セールス)のような新たなバイイング手法も出てきましたが、アクチャル保証やTARP購入、(アドレサブルはまだ無理だとして、)GRPを便宜的にインプレッション数に換算して保証や請求することなどは、広告主と広告会社間での責任範疇として押し付けてきたようにも感じます。しかし、それでは仮に収入維持は出来たとしても、収入アップにはつながりません。テレビ局として、スポットCMに、GRP取引に何らかの手を加えられないものか?のプログラマティカとしての答えが、国内でも「インプレッション取引」の導入を、に至った訳です。
インプレッション取引は、GRPをインプレッション換算して単に効率を把握するということとは、根本的に異なります。たしかに、特定のデータに基づき1視聴毎(テレビ端末単位)に個別の配信を行う「アドレサブルな広告配信」を、米国のセット・トップ・ボックス(STB)経由のテレビ視聴と同様に行えることは魅力的ですが、現行の地上波の放送方式においては不可能です。しかし逆に、週に約7,000本程度しかない地上波テレビCMでは、RTB*の必要性もさほど感じません。プログラマティック取引は、必ずしもリアルタイムな取引だけを指すものでもありません。そこで、現状において、インプレッション取引を可能にするための解決策を検討する必要性が出てきます。
*Real Time Bidding(リアルタイムな入札)デジタル広告のプログラマティック取引では多く使用される
解決策を探るために早期のPoCを
(2024年2月7日修正・加筆)
ここでご紹介していましたインプレッション取引の実現に向けた概念検証(PoC)については、さらに追加の検証や確認を実施しましたので、一旦古くなった内容は削除しました。あらためて、プログラBLOGとしてもご紹介できればと思いますが、概ね以下のような整理となります。
スポットCMを「インプレッション取引」する仕組み
- 試算例①、②は極端な例であったが、広告主から要望が多い?若年層を中心とするインプレッションのみに「課金」したとしても十分に増収は見込めそうである
- 特に試算例②では、MF20-49だけの平均CPMが1,700円となったが、果たしてこれはCTV広告のCPMと比較して高いものなのだろうか?(やはり、今のテレビCMのCPMは安すぎるのではないか?)
- 課題は、現状の放送方式では「切り売りできない」リニアTVのインプレッションをどうすれば、CM単位で「インプレッション取引」できるのか?である
- その突破ファイルは、取引指標を「率から実数」で捉え直した「代替通貨」でCM単位の視聴者をセグメント毎に「ターゲットCPM」で評価することにある
- テレビ広告で使用される取引通貨は、リアルな「お金」と等価交換できなくてはならない。従って、絶対数を持つ「比例尺度*」である必要がある
*数値の差と比に意味がある尺度 - おそらく、特定セグメントだけに課金する取引形態では「在庫管理」が煩雑になると予測され、スポットCM全体に仕組みを広げることができないだろう
そして、PoCに向けたさらに細かな事前確認も既に行なっています。現状でも、インプレッション取引を実現できる可能性が十分にあることがわかりました。
「インプレッション取引」の可能性を事前確認
- 事前確認のため過去のキャンペーン実績から約半数程度を抽出し試算した結果(試算例③)もOKであった(増収)
- 「総量評価」でインプレッション取引する新たな考え方と、ターゲットCPMを20パターン*準備して確認
*TCPM:デモグラ18パターン+コアターゲット+平均CPM - 過去キャンペーンから、さらにランダム抽出したCM1本毎に対してTCPMパターン毎のCM金額変動を試算
- 付加条件を与え、出現率(消化率)を調整した後でも総収入額は130%を見込めた
- 投下コストのターゲット到達が8割を超える場合もある
<余談>
テレビCMのプログラマティック取引に関しては、以前、SAS(スマート・アド・セールス)が登場した2020年頃に、こんな「勝手予測」をしたことがあります。あくまでも、仮にSASが急成長すると取引のさらなる自動化が必要となるため、「枠単価セールス」とGRP取引する「スポットCM」が融合し、国内にこんなプログラマティック取引ができるかもね、という整理でした。当時は現状のスポットCMは右下の「余剰在庫型オークション取引」へ包含されることになるのではないか、と予測していました。
しかし、もし今後、インプレッション取引を導入するとなると(PoCでも、本番でも)、どのタイミングで、どの取引(例えば、オークション)がオープン/クローズするかなど、この予測もどんどん(当たらないまま)古くなっていきますので、また新しいものを整理してみたいとは考えています。当時のものですが、もしご興味があれば以下の2つのリンクからご参照ください。
・テレビのプログラマティック予測(プログラBLOG)
・SASの進化でテレビCM取引も機械式に 3つのポイントで利点を整理(日経クロストレンド)*一部有料記事
もうひとつの課題であるCPMのエリア差
GRP取引で、もうひとつ課題があると感じるのはCPMのエリア差です。その基となるのが%コストですが、この決定要件が正直わかりにくく、はっきりとしません。もちろん、%コスト自体は人口が最も多い関東地区(全国の約35%)が一番高いのですが、これをCPM(広告表示1,000回あるいは1,000人あたり)で比較すると放送エリア毎にバラバラです。1人に掛かるテレビCMのコストが均一ではありません。1局しかない徳島、佐賀という特別なエリアを除くと、CPMが一番高いのも関東なのですが、次に高いのが関西という訳でもないのです。ここもご興味あれば、詳しくは過去のプログラBLOG「エリアアロケーションを考えてみる。」をご参照いただきたいのですが、基本的にCPMが全国一律であるデジタル広告と比較すると、%コストの決定要件は理解や納得性に乏しく、それらを勘案してメディアプランニングを行うことを非常に難しくしています。なので、誤解を恐れずに書くと、東阪名(この3エリアで全人口の約6割)以外が「29エリア」もありますので、それらのメディアプランを「エイヤー」で決めてしまうことも少なくないではないでしょうか。(全エリアのスポットCM作業を同じ熱量でやれているか?インプレッション取引なら少し改善できる)
そうなる原因は、視聴率が(というよりも放送エリアが)既知の通り、東阪名と一部のエリアを除いては県域単位となっているからです。結果、全国は32区分されています。こうなった歴史的背景、理由などは概ね理解しているつもりですが、広告主のマーケティングエリアとは明らかに合致していません。これでは昨今、説明責任も強く求められる広告主側担当者の「マーケティング指標」として役に立ちません。
近年、各種事情で放送エリアの広域化や放送番組の同一化などの話もありますが、そのためには、例えば、九州・沖縄エリアをひとつとした際のテレビCMの「適正価格」はいくらか?を整理する必要があります。現状の%コストを単に積み上げるということでは(実際には%コストは率ベースなのでそのままは積み上げられないが)、広告主の納得性も得られないでしょう。そもそも%コスト自体が広告主によっても異なります。
また、マーケティング指標においては、逆に関東地区は広すぎて2分割したい場合もありますし、広告主の支社・営業エリア区分も事業規模、各業種などによっても様々です。それらと連動するためには(投資対効果を見るためには連動しなくてはならない)、GRPの基となる視聴率を使い続けることでは困難です。視聴率は合算できないですし、除外もできないからです。今はスマートTVからの視聴ログなどは47都道府県単位(実際にはもっと細かくも可能)で取得できます。もちろん、統計データとしての精度の問題ありますが、全てをパネルデータだけに固執する時代でもないとも考えます。現に、米国での主流は「ビッグデータ+パネルベース」となってきています。
広告主のエリアアロケーションのひとつの例として、一般的なエリア均一投下(エリアフラット)でテレビCMを行った場合*の人口と1,000人あたりのコスト(%コストは当社試算)を比較してみました(例①)。32区分のままではエリア差が大きく見やすいグラフにはなりませんでしたので、独自に8エリアに統合(関東地区はあえて2分割)したのが以下のグラフです。それでも、各エリア間で大きな差が生じています。
*世帯1,000GRP(個人では約550PRP相当)。%コストは当社試算
これをCPG(消費財メーカー)などで多い「エリア傾斜」をつけると(都市圏にGRP多め、その他を少なく)、その差はさらに広がります。もちろん、差分だけリターンが大きかったり、戦略として目指した結果であったりすれば全く問題はありませんが、これがテレビCMの視聴率を基にするGRP取引から生じている望まない差だとしたら、それは改善していく必要があるといえるでしょう。
インプレッション取引にも課題はある
最後に、インプレッション取引に(便宜的にインプレッション換算している時も同じ)ひとつ課題があるとすると、テレビCMの広く伝える力がまだまだ絶大で、その絶対数が大きくなり過ぎるということです。仮に関東地区で個人全体1,000GRP(PRP)のテレビCMを投下すると、約3億9,000万インプレッションというような、バカでかい数字になってしまいます。GRPは、メーカーと流通との営業交渉でも使われる大事な指標です。実は流通側にはGRPの細かな意味までは、ほぼほぼ理解されてないようですが、一応「言葉」としては通じます。それをさらに新しい単位に変えてしまっても伝わるのか?という懸念はあります。しかし、巨額が投じられることの多いテレビCMが、指標が異なるがゆえに、流通との交渉シートに書かれた「T○erの見逃し配信も実施」「Y○utubeでのターゲティング配信」「新たに○etflixでもCM」などの1行コメントに凌駕されてしまうのも悲しいことです。「営業部門の『棚取り』に役に立っていないなら、テレビCMはもっと減らしてしまおう」となりかねません。
しかし、テレビCMか?、ストリーミングか?、あるいはデジタル広告か?というような対立構造はもはや古い考え方です。それら全てを、特にテレビCM(放送)とストリーミング(配信)については、統合的な指標が求められています。インプレッション取引されたテレビCMは、ストリーミング(+デジタルでも)との「総インプレッション数(分子)」を「ターゲット母集団(分母)」で割り戻してあげると、中身の意味合いは新しく異なるものですが、実はGRPにも戻せます。ただし、この計算では複数スクリーンでの統合指標とするため、従来のテレビCMのみのGRPと区別して「GRPs」と、sをつけて以下表記することとします。
上記のスライドの計算式では、例えば、関東地区で個人全体(P+C7)で1,000GRPのテレビCMを露出すると総インプレッション数は「約3億9,000万回(a)」となります。4歳以上男女の人口は約4,200万人で、それに平均的なテレビ保有率を掛けると、ほぼ3,900万人(b)となりますから、(a)/(b)×100で1,000GRPsに戻る、という理屈を説明しています。
この計算式を使うと、セグメント間、あるいは放送エリア間でのテレビCMも合算して「GRPs」で表すことができます。例えば、関東地区(約4,000万人)と関西地区(約2,000万人)に対して、テレビCMとストリーミングを合計して、関東に2億インプレッション、関西に1億インプレッションの広告を露出した際、4,000万+2,000万=6,000万人*を分母として、2億+1億=3億インプレッションを分子におくと「関東と関西で500GRPs」の広告キャンペーンを打つ、と計算できるようになる訳です。指標を実数化することの意味のひとつがここにもあります。東北地区全体で○○○GRPsのキャンペーンとか、中国・四国地区のMF2向けにテレビ+ストリーミングで○○○GRPsなどと表記できますね。
*ここでは、わかりやすく端数を除して計算
ただし、CPMあたりの単価が同じでないと費用対効果は試算できなくなります。また、テレビCMのCPMがエリア間で異なることも課題ですが、同じターゲットに対して、同じコンテンツの幕間で、同じテレビ画面を通じてそのCMが見られるとすると、放送と配信でCPMが異なることよりも「等価評価」されることの方が正しいように思えます。そう考えますと、今のテレビCMのCPMは安すぎるのではないでしょうか?現に米国では「同一コンテンツ&同一デバイスは等価CPM」となってきているようです。しかも、テレビCMには周辺ターゲットにもリーチできる価値もあります。
また、前述の自動車メーカーの例で考えるなら、関東地区で「新車購入を検討」している「アウトドア好き」の「20〜40代男女」のメインターゲット70万人(ここでは周辺ターゲットの勘案なし)にテレビCMとストリーミングで500万インプレッションを出すことは、そのターゲットに対する広告露出は約700GRPsとなります。特定のターゲットに対して、どれくらいの広告量が投下されるのかを知ることは、効果をより把握しやすくするために重要です。しかし、ターゲット母数が異なると、投下される広告量だけを示されてもわかりずらくなります。GRPの表記は残しつつも、中の計算式を時代の変化(視聴の断片化)に合わせることで、流通対策においても馴染みのある、より簡潔で使いやすい指標にできるとも考えられます。ただ、数の大きさや、単位が変わることはさほど問題ではないと考えるのなら、後は慣れの問題かも知れません。ここは、ご参考までに。
いずれにしても、代替通貨の必要性がある課題のいくつかは「インプレッション取引」によって解決されると考えています。しかし、それは単にパネルベースで測定された「視聴率」をインプレッション数に便宜的に換算するということではありません。ダイレクトに「インプレッションで取引する」ということに本来の意味があります。加えていうなら、デジタル広告と同様にターゲットに対する1インプレッション毎に評価をして、購入できることが理想ではあります。しかし、地上波テレビCMでそれを解決するには、欧州のDVB-IやHbbTV、米国のATSC3.0のような仕組みが国内でも必要で、まだ少し時間を要すると思われます。それらが出来上がるまで、その仕様が決まるまで、国内のテレビ広告取引は待っていられるでしょうか。
さて、国内でもテレビCMの「インプレッション取引」は必要か?みなさんのご意見も伺ってみたいなと思います。
Programmatica Inc.
Yoshiteru Umeda|楳田良輝