テレビの取引通貨は今のままでいいのか
先日、マルチスクリーン型放送研究会(通称:マル研)さんとインテージさんとの共催セミナーに呼んでいただき、現在米国で起こっているテレビの視聴測定や代替通貨の議論に関してお話をする機会がありました。久しぶりの地元、関西ということで気合いを入れて資料を作り過ぎ、案の定、講演時間を10分以上もオーバーしてしまい大変申し訳なかったのですが、今回はそこからのブログです。
ただ、私が米国のテレビ業界にすごく精通しているという訳ではなく、あくまでもセミナーでお話できたのは、今、議論が熱い「米テレビ視聴測定に変革の波」に関する部分のみです。当日は、その視聴測定の議論が高まっている背景や現状、また国内のテレビ広告取引にも新基準が必要か?などについて、多くの時間を割いてお話をさせていただきましたが、そこはこれまでのプログラBLOGと重複するため割愛し、過去回や日経クロストレンドにご掲載いただいた連載記事*(2022年8月〜11月)などをご一読いただければと思います。
*一部有料会員向け記事
今回ご紹介するのは講演の帰結として、国内でも取引通貨をインプレッションに変更していく必要性があるのではないか?仮にそうできれば、テレビ広告の指標がもっとわかりやすくなるはず、とご説明した1枚のスライドです。
なぜ、このスライドを帰結としたかといいますと、テレビのGRP取引(延べ視聴率での取引)には少々課題があると考えているからです。それは、GRPが実数(絶対数)を持っていないことが理由のひとつであることに他なりません。実数を持たないがゆえに、GRPはセグメント間をまたぐことができません。例えば、M1(男性20〜34歳)に200GRP、M2(男性35〜49歳)に300GRPのテレビCMを露出して「M1とM2ターゲットに対して500GRP」とはいえませんし、同様に放送エリア間においても、関東地区の2,000GRPと近畿地区の1,000GRPのテレビCMを合計して「東阪で3,000GRPのキャンペーン」とも計算できません。正しくありません。
GRPは、平均視聴率1%の番組にCMを1本流すと1GRPとなりますので、500GRPのテレビCMを実施する場合には、平均視聴率が5%の番組にCMを100本、10%であれば50本流すことになります。(実際には高低がある視聴率を全て足し上げた合計が500GRPとなる) 当然、CMが届く人、届かない人がいますし、1人が同じCMを数回見ることもあります。そこでGRPは通常、リーチ(%)× フリークエンシー(回)で表されることになります。500GRPがリーチ80%×平均フリークエンシー6.3回などの結果となるのが一例です。
しかし、テレビCMは%コスト(1%あたりの料金)はもちろんのこと、CPM(1000人当たりの視聴単価)もデジタル広告と異なり地区毎にバラバラなので、仮にGRPが同じであってもコストも加味して試算をするとなると国内の放送エリア分、つまり32地区分の計算が本来は必要となります。GRP取引が行われることが多いスポットCMのプランニングや効果測定などが非常に煩雑になる原因のひとつです。(ローカル局での地場広告主との契約では未だ本数取引も少なくないようですが)
テレビとデジタルの対立構図はもう古い
現在、米国ではテレビ広告の取引通貨(基準)をインプレッションへ移行していこう、という動きがあります。これは、テレビの総個人視聴率(PUT)が低下傾向にある反面、コードカッターやコードネバーを中心としてストリーミング視聴は急増、基本的にインプレッション取引されるOTTによるプレミアムコンテンツの広告在庫も増えつつあり(需要に追いついてきている)、年々進む視聴の断片化への対応が急務となり、もはやテレビとデジタルの対立構図ではなく、リニアとストリーミング、デジタルも加えたクロススクリーンでの統合測定が必要であると考えられているからです。テレビの取引通貨がインプレッションへ移行することでのメリット、デメリットはいくつか考えられますが、前掲のスライドはそのメリットの一部をご説明しています。
テレビ視聴(リニア、ストリーミング、デジタル)は、米国だけでなく、国内でもすでに個人ベースでの把握ができるようになってきています。つまり、それぞれをインプレッション数(広告表示回数)とすることで足し上げが可能となりました。しかし、逆にインプレッションとした際のデメリットのひとつに(デメリットと考えない人もいますが)、数値が大きくなり過ぎる、テレビ業界や広告関係者以外には感覚的に伝わりにくい、わかりにくいということがあげられます。そこで、それを「ターゲット母集団(分母)」で割り戻してあげると、実はGRPに戻りますよ、というお話です。指標を実数化することの意味のひとつがそこにあります。
上記のスライドの計算式では、例えば、関東地区で個人全体(P+C7)で1,000GRPのテレビCMを露出すると総インプレッション数は「約3億9,000万回(a)」となります。関東地区の4歳以上男女の人口は約4,200万人で、それにテレビ保有率を掛けると、ほぼ3,900万人(b)となりますから、(a)/(b)×100で1,000GRPに戻る、という理屈を説明しています。これは、日本語のwikipediaの「延べ視聴率」には出てきませんが、英語版の「Gross rating point」ではこの計算式も記述されていますので、ご興味ある方はぜひ覗いてみてください。
わかりやすい指標とは何だろうか
さて、この計算式を使うと、前述したセグメント間、あるいは放送エリア間でのテレビCMの指標も合算してGRPで表すことができます。もちろんインプレッションのままでも合算できますが、さらにGRPとすることで、わかりやすく、より丁寧なプランニングや広告管理するためにとても役立ちます。例えば、関東地区(約4,000万人)と近畿地区(約2,000万人)に対して、リニア(従来のテレビ放送)とストリーミング、さらにデジタル(動画)を合計して、関東に2億インプレッション、近畿に1億インプレッションの広告を露出した際、4,000万+2,000万=6,000万人*を分母として、2億+1億=3億インプレッションを分子におくと「関東と近畿で500GRP(s)」の広告キャンペーンを打ったと計算できるようになる訳です。GRPの単位は残しつつも、中の計算式を時代の変化(視聴の断片化)に合わせることで、流通対策などにおいても馴染みのある、より簡潔で使いやすい指標となれるのではないでしょうか。
*ここでは、わかりやすく端数を除して計算
逆にもっとターゲットを絞って、関東地区で「新車購入検討」している、「アウトドア好き」の「20〜40代男女」がベン図で交わる70万人に500万インプレッションを出せばターゲットに対する広告露出は約700GRPとなります。新車購入検討+アウトドア好き、新車購入検討+20〜40代男女、新車購入検討だけのGRPを個別に算出することもできますし、全てを合算したGRPを算出することも可能となります。あるいは、関東地区から1都3県のみを取り出してもいいですし、流通企業の商圏エリアに合わせ放送エリアが異なる近接県を合算することにも対応できます。そこで大切なのは正確なターゲット数(母集団)を割り出すことです。
また、テレビCMは、デジタル広告のように(誤差はあれど)狙ったメインターゲットだけに届くだけでなく、周辺ターゲットにもメッセージは届きます。その効率性や効果を矮小化せずにきちんと評価してあげることが重要です。その辺りは過去回でもまとめましたが、今、米国で始まろうとしている取引通貨のインプレッション化を取り入れると、さらに進化した考え方へと昇華できそうです。すでに効果測定や分析などではテレビCMをインプレッション化することもしばし行われてきていますが、今やストリーミング視聴もデジタル動画広告も盛んに活用される中、テレビCMだけが今まで通り視聴率を取引通貨に使用し、効果測定のために毎度インプレッションに置き換えなければならないというのは、事をやや複雑にします。
加えて、そもそも視聴の断片化が加速度的に進む中で、従来の視聴率算出のためのパネル調査が、今まで通りの精度で、充分な役割を果たせているのかにも注意しておくことも必要でしょう。米国での先行事例を参考に考察してみる「測定の未来」では、視聴測定の方法、カウントの仕方にも再考が求められています。単純に取引通貨だけを変えれば解決する問題ではないですが、変わらないとその先には行けないのかも知れません。どうも今のままでは、テレビCM1本1本の価値が、正しく評価されていないような気がしてならないのです。ここの評価の仕方については、ひとつアイディアがありますが、それはまたの機会に。
取引通貨と評価指標が一対になることは、テレビ広告業界のステークホルダーに大きなメリットをもたらすことでしょう。少なくとも、今、米国ではそちらの方向へ「変革の波」が打ち寄せているようです。続編ブログもまた書きたいと思います。
以下、参考としていただきたい過去回などのご紹介です。
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Yoshiteru Umeda | 楳田良輝