進むか、立ち止まるか、勝者はどちらか。
前回のブログでは、米NBCユニバーサル(以下、NBCU)が2022年2月に公開した「測定フレームワーク・ルックブック」から概略をご紹介しました。そのレポート公開から約半年が経過し、テレビ広告の「 代替通貨 」議論はさぞかし本格化しているだろうと思いきや、「いや、導入はすぐには進まないだろう」「結局は、元の鞘(ニールセン)に収まるのではないのかな」などなど、いろんな立場から、いろんな意見が出てきているようです。変えたい人がいる反面、変わりたくない人もいるのは世の常でしょうか。
しかし、 代替通貨 の必要性に向けて揺るぎない想いで、粛々と突き進んでいる面々もいます。「ADWEEK Convergent TV Summit EAST 2022」から、ひとつの鼎談を取り上げたいと思います。メンバーは次のお三方。今年、NBCUがニールセンの 代替通貨 に選択したiSpot.tvの創業者兼CEOも登壇した興味深いセッションとなっています。
- Sean Muller, Founder and CEO at iSpot.tv
- Diana Boyles, VP of Marketing at Angi
- Matt Steinmetz, General Manager, Events, Adweek
代替通貨 の加速への投資
この鼎談が行われた2022年4月27日は、実はゴールドマン・サックスからiSpot.tvへの400億円強の出資*が発表された日でもあります。おそらくADWEEKのイベントに合わせた発表だったのだろう…と考えた方が正しいのかも知れません。その真偽はともかく、年内に株式非公開化を目指す米ニールセンの買収合意額の100億ドル(約1.3兆円)と比べると規模感は違いますが、iSpot.tvへの市場からの期待が高いことは感じ取れます。この20分程度の短いセッションには、多くのヒントがあるような気がしてなりません。
*2022年4月末のドル円為替
From Currency to Cross-Screen: Navigating Modern TV Ad Measurement
Adweek Convergent TV Summit
Matt:Angiのマーケティング担当副社長であるDiana Boylesさんと、iSpot.tvの創業者兼CEOのSean Mullerさんをお迎えしています。さて今朝、iSpot.tvにとっては非常にエキサイティングなニュースがありました。ゴールドマン・サックスがiSpot.tvに約3億ドルを投資することを発表しました。この投資が何を意味するのか、少しお聞かせください。
Sean:はい。iSpot.tvは、本日3億2,500万ドルのシリーズDラウンドの資金調達を発表しました。これは我々のすべてを加速させるためのものです。DianaのAngiの他にも、すでに約400のブランド顧客と、現在起きている 代替通貨 への動きを一緒にやってきていますが、この資金はiSpot.tvが信頼される「通貨」となるための能力をさらに高め、素晴らしいパートナーやブランド顧客のための開発を続けるために使われる予定です。
Matt:素晴らしいことです。おめでとうございます。では、Dianaさんに話をお伺いします。Angiがどのようにクロススクリーンのテレビ広告にアプローチしているかお話いただけますか。
Diana:Angi Inc.*は、前身である「Angie’s List」(ホームケアサービスの検索サービス) の頃から、皆さんがご存知のように年齢層が高い方たちをターゲットとしてきました。4〜5年前はクロススクリーンでのテレビ広告は行っていませんでした。リニアTVを中心に展開していました。当時はストリーミングを利用しているのは若い子たちだ、と言われていましたから。また、ストリーミングやクロススクリーンをどのように測定すればよいのか?の問題もありました。しかし、測定が進化するにつれ、我々はiSpot.tvとパートナーシップを組むようになりました。彼らと一緒になって理解を深めていきました。
*2017年にAngie’s ListとHomeAdvisorで「ANGI Homeservices Inc.」を合併設立。2018年より現社名。
ストリーミングは、間違いなく我々のすべての事業の柱となってきています。メディア購入の20~25%を占めていると思います。第1四半期の調査では、ストリーミングで得られるリーチのうち50%は、実際にインクリメンタルなものです。リニアTVではリーチできない消費者ですから、これは大きな成果です。また、レスポンス率もストリーミングの方が2~3倍高く、非常に優れています。ビジネス規模もかなり拡大できました。
Matt:それは良い話ですね。OTTのテレビ戦略をどのように変えようと考えていますか。次はどんなことに取り組むつもりでしょうか。
Diana:現在、我々は同じパートナーと仕事をしていますが、リニアTVの買付けとストリーミングの買付けは、それぞれ別々に行っています。しかし、測定が統一されることで交渉力が高まり、正しい理解で購入も統一していけると考えています。リニアTVとストリーミングの両方を通じて誰に広くリーチするか。それをメディア購入の柱としていきたいのです。
Matt:Seanさんは、多くのクライアントと仕事をし、市場をより広い範囲で見られるという点で、独自の視点を持っていそうですね。テレビ広告のクロススクリーン化の動向についてお聞かせください。
Sean:ストリーミングによるコンテンツ視聴は急速に拡大していますが、今後さらに成長していきます。ここ数年で、それに広告が追いつきつつあり、直近のNetflixの発表などで(広告付き課金モデルへの参入)、もっと加速をしていくことになるのではないでしょうか。大手の広告主のうち28社が、今年のアップフロントの予算のうち、少なくとも20%をストリーミングに使う予定であることがわかりました。クロスプラットフォームも今後さらに拡大していくでしょう。
いくつかの興味深いトレンドがあります。今年初めに行ったNBCUとの調査では、(冬季)オリンピックの期間中、2,880万人がストリーミングで視聴し、そのうちの66%はコードカッターでした。また、スーパーボウル(NFL)においても、1分間に1,050万人の平均視聴者がストリーミングで観戦しましたが、そのうちの70%は従来のリニアTVでは観戦をしていません。このような伝統的な大きなイベントであってもリニアTVで視聴していないことがわかってきています。ストリーミングがより重要となっていることは明らかです。
Matt:テレビ広告の「測定」について質問したいと思います。ひとつ目の質問は、Angiはどのように測定の領域を変革してきたのでしょうか。二つ目に、同じことをしようとしている他のマーケターに何かアドバイスはありますか。
Diana:Angiに入社して12年になりますが、その間、多くの進化を見てきました。私はデジタルマーケティング・チームを率いるデジタル側からスタートし、その後、オフライン側へ移りました。今はオンラインとクロススクリーンの両方を担当しています。最初の頃、リニアTVの測定は単純なスパイク分析を行っていました。あるCMが放送されてから5分以内にどんな影響があるか、その貢献度を見ていました。しかし、低予算の時はすべてのCMとCMの間が少なくとも5分間はあるため問題なかったのですが、予算が徐々に増えてくるにつれ、これらのスパイク間のベースラインを理解することはどんどん難しくなっていきました。
そして、もうひとつ大きな問題だったのは、人々がストリーミング視聴を始めたことです。視聴者は自分の好きな時間帯にストリーミングをするため、スパイクが発生しづらくなったのです。このような2つの理由から我々の分析を変えていく必要があると判断し、多くのパートナーを検討して最終的にiSpot.tvを採用しました。選択した理由は様々ありますが、そのひとつは “クロススクリーン” で見ることができるということです。
他の広告主にアドバイスできることはいくつかありますが、今日は2つお話します。まず、とても基本的な部分で、どのパートナーにも求めていることですが、正確なデータがスピーディに提供されるか?ということです。以前はレポートまでに2週間くらいかかっていました。これはデジタル側から来た人間には考えられないことです。ありえない。
もうひとつは、測定がメディア・パートナーから自立していることです。多くのメディア・パートナーが独自の測定ソリューションを提供していることはもちろん知っています。しかし、それは子供に自分のテストを自分で採点させるような行為です。メディア・パートナーがそうだとは言いませんが、我々にとって重要だったのは、自立した第三者機関として、我々のパフォーマンスを測定してくれるパートナーを持つことでした。
そして、さらに近代化を考える上では、メディアの測定と同時に、クリエイティブへのインサイトを与えてくれるパートナーを求めていました。iSpot.tvでは、それらをクロススクリーンにおいて見い出すことができました。
Matt:素晴らしいアドバイスをありがとうございます。では、Seanさん。クロススクリーン測定はどのように市場に浸透してきましたか。ここまでの2日間、 代替通貨 の必要性についても多くの議論がされてきましたが、この変革の背景には何があったと思いますか。
Sean:すでにメディア・パートナーは、リニアTVとストリーミングの広告を一緒にセールスしています。しかし、測定の領域はまだまだ別々にしか機能していません。業界が取引に利用できる、リニアTVとストリーミングの両方に対応する新しいクロススクリーン測定が必要になってきています。また、複数のプレーヤーが通貨機能を提供することで、業界の変革はより進むはずです。これは誰にとっても良いことだろうと考えています。
この変革の背景となった根本的なニーズがあります。それは、広告を番組(プログラム)から独立して測定する必要があるということです。新しいクロススクリーンの世界では、番組とは別に広告を測定できなければなりません。旧来のリニアTVと測定システムの世界では、単に番組を測定し、そこから広告効果なども導き出せますが、もはや番組と広告が一緒になって(枠を)移動することは少なくなっています。番組から独立した広告の測定と検証が求められています。
さらに、データをより速く入手する必要性もあります。Dianaは、成果がわかるまで2週間も待てない!と先ほど言ってましたが、現在の業界では実際に2週間待たされてしまいます。業界内での「信頼」の問題や、「今」求められている変革など、様々な要因はありますが、クロススクリーン測定はそれらを変える良いきっかけになると思います。
Matt:それではDianaさん、バイサイドの立場から 代替通貨 や多通貨市場についてどのようにお考えですか。今回のアップフロントで、非レガシー通貨での取引に興味がありますか。
Diana:はい。Seanが多くの素晴らしい点を指摘しましたが、そのひとつの、広告がプログラムのどの位置にあるかによって、同じようには見られていないという点です。例えば、ワールドシリーズ(MLB)のCM枠を確保して、CMポジションを懸命に交渉したとします。iSpot.tvのようなツールを使えば、よりリアルタイムに、自分たちのCMと、番組のもっと後で放送されたCMとを比較してどのような効果の違いがあったかを知ることができます。…ちょっと話がそれましたね。
アップフロントで新しい取引方法を検討し、どうすればより賢明になれるか、どうすれば番組を測定する方法と実際の購入方法をより良く整合させられるかを検証することは、とてもエキサイティングなことです。これは業界が必要としている変革だと思います。私は元々デジタル側の人間なので、すべてをもう少しリアルタイムに、もう少し正確にすることが、この業界にとって非常に良い助けになると思っています。
Matt:Seanさん、iSpot.tvは 代替通貨 のテストで多くのパートナーたちと密接に協力してきました。最大の収穫は何だったでしょうか。
Sean:そうですね。複雑な要素もたくさんありますが、おそらく最大の収穫は、この変革に対する需要がいかに大きいかを知ったことです。NBCUとは、すべての広告会社のホールディングスグループを通じて、128ブランド、66社の広告主とともに非常に大規模なテストを実施し、それは現在も進行しています。400人以上のユーザーがほぼ毎日、iSpot.tvの測定画面にログインしています。そして、この66社の広告主は、アップフロントでNBCUが取引する額の約40%を占めており、この新たな「 代替通貨 の世界とはいかなるものか」を知ることを渇望しています。
例えば66社の広告主は、それぞれのキャンペーン実施中に、スクリーン全体における重複のないリーチとフリークエンシーを把握しています。NBCUのすべてのリニアTV、すべてのストリーミングを地域別のフリークエンシーで見ることができ、購入するメディアをそのコンテクストに応じて評価することができるのです。これらの体験は本当に貴重なことです。
そして、もちろんスピードもあります。実施中のキャンペーンを急遽最適化したり、追加の広告をキャンペーン中に出すか、後に出すかといったことを考えることもできます。 75年間使ってきたモノとは違う「新しいモノ」がどのように機能するかを理解し、どんな検証ができるのかを実際にシミュレーションすることで、信頼を築き上げることができるのです。
Matt:あなたが最も驚いたことは何ですか。
Sean:もう私を驚かせることでもないのですけど…、75年間も使用されてきたシステムはとても複雑で、それを止めることは簡単ではありません。「配管」のように非常に多くのものとも繋がっています。プランニングシステムに大量のデータを流し込む必要もあれば、課金システムや調整システムにも送信しなければならないデータが数多くあります。さらに悪いことには、これまでの「特定の方法」に慣れていて、満足している人たちもたくさんいるということです。
Matt:Dianaさんに、もうひとつ質問があります。その後に、オーディエンスからの質問を受けたいと思います。バイサイドの立場から、テレビ広告市場で取引を行うにはどのような方法が望ましいですか。
Diana:投資リターンを検証することに立ち返り、測定システムに何が必要かを考えたとき、正確で、リアルタイム、そして自立していることだと考えています。ですので、新しい通貨システムにもそれと同じことが必要です。私が理想とするのは、すべての異なるネットワークで機能する通貨システムなのです。
75年間行ってきた方法にはマイナス面もありますが、プラス面のひとつはすべてが同じ測定値であるということです。使う立場からすれば、理解しなくてはならないことは少なく、交渉の際に考えることも少なくて済みます。我々の取引には様々なものがありますから、業界としてどのような進化を遂げようとも、すべてのネットワークが、リニアおよびストリーミングのクロススクリーン測定に利用できる、ひとつの一貫したものを使用するのが理想的です。
Matt:さて、ここまでのお二人のお話から多くの重要なポイントが掴めたかと思いますが、最後にあらためてキーワードとなることを順に伺ってみましょう。まずはSeanさん、お願いします。
Sean:私からお話しする重要なことのひとつは、このクロススクリーンの新しい時代には、広告がプログラムとは別に測定される必要が本当にあるということです。そして、もうひとつ付け加えるとすれば、業界がどのようなシステムを採用し、使用することになろうとも、「この変革」は実際に起こっていることであり、それは今年のアップフロントから始まっています。みんなが早くスタートを切れたことはとても良いことだと思っています。
Diana:人々が行動を大きく変化させたことはわかっていましたが、測定の部分は遅れていました。このようにクロススクリーンの規模が拡大し、より多くの人々が利用できるようになったことで、もはやクロススクリーン測定は「あればいいな」程度のものではなくなりました。クロススクリーン測定は必要なものです。少なくとも、我々のブランドには不可欠だと考えています。
Matt:そうですね、おっしゃる通りだと思います。それでは、オーディエンスの皆さんから直接、あるいはバーチャルで質問を受けたいと思いますので、遠慮なく手を挙げてください。
質疑応答
Matt:では、お一人目の方。
Audience:測定やその価値についてたくさんの議論がありました。それは、多くの人が様々なスクリーン間を行き来するようになったことで、その必要性が生まれてきたからだと思います。そのひとつとして、コンバージョンファネルがどのようなものかを測定し、インプレッションの再配分を行い、そして、LTV(顧客生涯価値)も何かしらの方程式で結びつけることはできるものでしょうか。
Diana:とても良い質問ですね。カスタマージャーニーについて考えると、我々のブランドはもっと進化させられると考えています。我々がわかっているのは、どのタイプの広告が短期的な効果を生み出すかということです。おそらく直近に見た広告が原動力になるとは思っていましたが、iSpot.tvの助けを借りてより長期的な期間で見ると、30日間で4つの広告に接触した人と、同じ期間で2つの広告に接触した他の人と比べて反応はどのように違うかを検証することも大切だとわかります。
また、ポッドキャストやパンドラ(Pandora Media)など、ストリーミングオーディオの測定にもiSpot.tvを使用しています。このように、カスタマージャーニーをどのように理解し、それがどう反応を促進するかについて、我々は理解しつつあると思いますが、まだまだ進化の余地があると思います。
二つ目の質問であるLTVについてですが、我々は最初のレスポンスデータから、それが新規顧客なのかリピーターなのかをピクセル化して追跡しています。 そして、その後の違いを見ています。それは総計だけでなく、ネットワークレベルです。新規顧客に対してはLTVの指標を付加し、それをROIモデルに取り入れています。
Audience:このツールは、顧客獲得までのジャーニーを見る上でも非常に有効なように思います。そのジャーニーの中では、視聴者は様々な異なるメッセージや複数のクリエイティブを受け取る可能性がありますね。
Diana:その通りです。
Sean:追加すると、ビジネス成果の測定と、それに対する最適化も重要です。パブリッシャー間で一貫して同じ手法を適用することで、本当の意味での比較を可能にします。Dianaはそれを上手くやっています。
Matt:次に、バーチャル・オーディエンスのCindyさんから、インプレッションの他に、OTTの広告非対応プラットフォームにおけるブランデッド・インテグレーションをどのように測定するのか、という質問です。
Sean:それは、我々が統合を測定する方法と全く同じです。リニアTVでは番組中の視聴者を分単位で測定し、ストリーミング側ではCONVIVAというストリーミングをすべて測定しているパートナーと統合しています。直接統合しているので、番組のストリーミングデータにアクセスすることができ、分単位の情報を見ることができます。大きな違いは、リニアTVとストリーミングの間で、広告が番組と一緒にどう流れるかということです。
Diana:我々はスポーツイベントのスタジアムでサイネージと、スポットCMから得たデータを使って、広告に接触した視聴者の反応を比較するということを行いました。スポットCMを見ただけでなく、スタジアムのサイネージも見た人のレスポンス率を見てみると、両方の広告に接触した人の方が高いことが分かりました。
Matt:最後にDianaさんに私から質問します。最近、Mark Richards氏*がテレビネットワークに対して、現在の視聴者保証に基づく買い方から、広告の供給と視聴の需要がリアルタイムで一致するような、よりデジタルに近い買い方に移行するよう求めていましたが、今後5年間で市場はどのように変化するとお考えでしょうか。
*President and CEO at 3Stage Media のことではないかと推測する
Diana:そうですね。私はデジタルサイドから、特定の視聴者がいかに自分にとって価値があるかということを、もう一度考えてみたいと思っています。一般的な住宅所有者は我々「Angi」にとって非常に価値のある存在ですが、例えば、Seanは最近「配管工」を探しているのかも知れません。であれば、私はSeanへの広告インプレッションのために費用を多く支払うことに迷わないでしょう。もっとリアルタイムに視聴者に入札できるようになれば、現在の広い視聴者保証に代わって、今この瞬間に最も価値があるのは誰かを考えて、取引することができるようになるのです。
Matt:そのような方向に進むことを期待しています。お二人の時間とインサイトに感謝します。また、今朝のiSpot.tvの発表、本当におめでとうございます。ありがとうございました。
*日本語訳と要約はプログラマティカで行っています。
Programmatica Inc.
Yoshiteru Umeda | 楳田良輝