個人視聴率 が評価指標の主役
テレビの世界で「 世帯視聴率 から 個人視聴率 へ」が注目されるようになって久しいです。 しかし、 個人視聴率 自体はそもそも国内でも半世紀も前から存在していましたし、調査精度を高めた現行方式に近い機械式視聴率調査でさえも、その導入からすでに20年以上が経過しています。ここでの「久しい」とは、そこまでの古い話ではなく、テレビ取引の基準通貨ともいわれるビデオリサーチ社が提供する「視聴率」以外の新たなテレビ視聴データが登場したり、テレビ局が「社内指標に 個人視聴率 を使用する」というような方針転換を打ち出したりした、「 個人視聴率 をテレビの評価基準に」という業界の流れが出始めた頃からの話です。
米国でのテレビ取引基準は、1987年に 世帯視聴率 から 個人視聴率 に取って代わっています。そこから遅れること約30年、国内でも2018年4月から、テレビ広告ビジネスの根幹のひとつであるスポットCMの取引単位が、 世帯視聴率 から 個人視聴率 に変更されました。まず関東地区*1から始まり、やや遅れて関西・中京地区*2でも追随していきます。そして、それから約4年、現在では多くの地区(放送エリア)のテレビCM取引が 個人視聴率 をベースとしたものとなっています。
*1:東京、神奈川、千葉、埼玉、群馬、茨城、栃木(関東)
*2:大阪、兵庫、京都、奈良、滋賀、和歌山(関西)、愛知、岐阜、三重(中京)
しかし、テレビ業界や広告業界などの関係者を除くと、一般的には 世帯視聴率 で視聴率を目にすることの方が多く、まだまだ馴染み深いのではないでしょうか。「昨夜のドラマ『真犯人Fと言う勿れ(仮称)』の視聴率は10.5%だったね〜」などと家族や友人たちと話したり、LINEでメッセしたりする時などに使うのはおそらく 世帯視聴率 の方です。ネットニュースの速報記事などでも見出しとなっている視聴率は、引き続き 世帯視聴率 で表記されることが多く見受けられます。
でも、新たな指標が特定の業界で使われ始めたからといって、生活者(視聴者)側が必ずしもそれに合わせていく必要もないですから、そこはあまり問題とは思えません。問題はもっと別なところにありそうです。実際に各テレビ局の投資家向けの決算資料などを眺めてみても、 個人視聴率 はもちろん出てきますが、 世帯視聴率 という単語も平行して登場する場合も少なくないです。これには各テレビ局のスタンスの違いもあるでしょうし、自らにとって一番都合の良い数字を出しておきたい…というのも世の常かなと感じています。
個人視聴率 をテレビ業界で積極的に使用するようになってきたのには、前述の新たなテレビ視聴データをビジネスとして測定する事業者が増えてきたこと以外にも、テレビ放送に関する各種の技術進歩や、他にいろいろと大人の事情もあるようです。ですが、テレビCMを活用して自社の商品やサービスを世に知らしめたい広告主にとっては、おそらく前向きに受け取られているのではないでしょうか。そう考える理由は、これまで何十年もの間、テレビ番組やテレビCMを評価するための指標があまりにも少なかったからです。
*視聴率に関する基本的な解説やテレビ視聴データに関しては、それらに詳しい各種資料などをご参照いただきたいですが、当社の下記ページでも少しだけまとめていますので、もしご興味ある方がいらっしゃれば、こちらも併せてご覧ください。
個人視聴率 とは何か
さて、この 個人視聴率 。つまり、国内のテレビ受像機を保有するしている家庭(世帯)のうちの、男女4歳以上の全ての人の視聴率を評価指標としていくことは、いろんなことに変化を起こします。まず 世帯視聴率 では、家庭内の「誰かが」テレビを観ていると視聴数にカウントされる訳ですが、2人以上で観ていても世帯数なので「1」とカウントとされます*。それが 個人視聴率 となると「誰が」と「誰と誰が」観ているのか?では、カウントされる数が変わってきます。1人の場合は1カウントですが、2人で観ていると2カウントとなります。今までよりも、なんだか全体のカウント数が増えるような気がしますね。
*家庭内の複数のテレビで異なる番組を視聴している場合は除く
しかし、視聴率は%(パーセント)で表しますので、それを計算する母数も当然異なります。わかりやすく世帯数を100として、個人全体(4歳以上の個人合計)が200だったとして計算してみます。(ざっくりですが、1家庭の平均人数が2.0人とする)
- 世帯視聴率(100世帯):10世帯がテレビを視聴している場合「10%」となる(10世帯÷100世帯)
- 個人視聴率(200人) :12人がテレビを視聴している場合「6%」となる(12人÷200人)
- この場合、10世帯のうち2世帯が2人視聴していたか、もしくは1世帯が3人視聴していたことになる(計12人が視聴)
- つまり逆算すると、8世帯が1人視聴(共視聴*は2世帯、20%)、もしくは9世帯が1人だけの視聴(共視聴は1世帯のみ、10%)であったことになる
*共視聴:複数人でテレビを視聴すること
いかんせん、これだけだとわかりにくいですね。いずれにせよ、理屈的に「世帯視聴数」が「個人視聴数」よりも大きくなることはないのですが、「世帯視聴率」と「個人視聴率」の関係ではそれが逆転していることがほとんどです。個人視聴率の方が数字が小さく見えることが多いのです。(これが未だにニュースなどで世帯視聴率が使われ続ける理由の一因)
上記はダミー値ですが、参考までに関東地区での世帯視聴率と 個人視聴率 の平均比率は、全体で世帯視聴率の約半分強(0.51〜0.52)が 個人視聴率 となっているようです。そこから試算すると、関東地区の平均世帯人数は概ね2.0+α人となっていますので、テレビはほぼ1人で観られているということになります。ちなみに平均世帯人数が多い放送エリアになるとこの平均比率は上昇する傾向を示します。ただし、あくまでもこれは平均値での話です。実際にゴールデンタイム(19〜22時)では、40%以上の世帯が家族で視聴している(複数人での視聴)という調査結果もあるようです。平均値はなんとなく使いやすくて、便利な指標のように思えますが、逆に平均にしてしまうことで実態がわからなくなってしまうことも多いのではないかと感じます。今後、テレビ視聴データをより有効的に活用するには、もっと細かな分析が必要であろう考えます。
その面では、 個人視聴率 は個人を全体として見るだけでなく、もっと細かに分解することが可能となっています。例えば性年齢区分です。視聴データを提供する各事業者によってもその粒度は異なりますが、最小で男女別1歳刻み、5歳刻み、10歳刻み、あるいは年齢幅が均等ではありませんがマーケティング領域で最も多く利用されるデモグラ(デモグラフィック)区分*に合わせた集計などです。最新データで関東地区の人口をデモグラ区分で集計したグラフが図1となります。現在、日本の人口減は喫緊の課題となっていますが、関東地区だけで見た場合には実は世帯数も人口も増加しています。しかし、4〜12歳と13〜19歳(計16歳幅)の合計は575万人で、20〜34歳(15歳幅)の740万人と比較すると、やはりその減少度合いにはあらためて驚愕します。
*MC:男性4〜12歳、FC:女性4〜12歳、MT:男性13〜19歳、FT:女性13〜19歳、M1:男性20〜34歳、M2:男性35〜49歳、M3-:男性50〜64歳、M3+:男性65歳以上、F1:女性20〜34歳、F2:女性35〜49歳、F3-:女性50〜64歳、F3+:女性65歳以上
さらに、同じようにその他都道府県の性年齢別人口をいくつかグラフ化してみます(図2)。都道府県によってまた違いがあることがわかります。長寿の印象が強い沖縄県ですが意外にも若年層の比率が高いことに気づかされます。秋田県の高齢化はかなり進んでいるようです。このように実数による人口構成比まで考慮して使用することで、個人視聴率は大きな価値を持ちます。
コア視聴率 という考え方
しかし元来、マスに広くリーチできることを特徴としてきたテレビメディアは、対象とする(評価する)母集団をできるだけ大きく取ることで、その価値をより高く見せられます。(テレビの持つ本来の価値はそこだけではないと思うのですが) 個人の視聴状況を把握できるようになったからといって、一部の視聴者だけを取り出して評価することはあまり好ましく考えられていません。
そこで、 個人視聴率 が評価指標の主役となってきたことで「 コア視聴率 」というような考え方も出てきました。いつ頃から存在していたのかは正直わかりません。その呼び方もいくつかあるようです。ただし、定義はある程度わかっています。コア視聴率 は、テレビ局側が視聴者の中心であって欲しいと考えている層や、テレビCMなどを活用する広告主からの要望が高い層に対する視聴率です。コア視聴率 の「コア」にはいくつかの考え方があり、性年齢区分の「4歳〜49歳」「13歳〜49歳」「4歳〜59歳」(共に男女)などが多く使われています。かなり広めの設定です。しかし、経済学においては先進国の生産年齢人口は未だ15歳〜64歳となっていますので、それよりは少し狭く設定されてはいます。では、国内の人口のうち、どれくらいが コア視聴率 に含まれるのでしょうか。
例として、「男女13歳〜49歳」での コア視聴率 を見てみます。対象となるのは、マーケティングのデモグラ区分のティーン(男女13〜19歳)、MF1(男女20歳〜34歳)、MF2(男女35歳〜49歳)をちょうど合計したものとなっていますので、先の性年齢別人口集計を活用して試算すると、関東地区の4歳以上の人口約4,200万人*のうち、半分弱(46.4%)の1,950万人程がこの コア視聴率 に含まれることになります。
*テレビ保有状況の勘案なし
実際の 個人視聴率 と コア視聴率 を日本テレビホールディングスの2021年度第3四半期IR決算説明資料(2022年2月3日発表)を図3*に引用してみてみます。2021年の関東地区での年間の 個人視聴率 と コア視聴率 ( コアターゲット視聴率 )を在京キー5局分で比較することができます。局ごとに視聴者属性が異なることが少しわかってきます。
*右側グレー表頭部分はプログラマティカでの独自計算
プライムタイムの 個人視聴率 では同率のNTV(日本テレビ)とEX(テレビ朝日)ですが、 コア視聴率 で見た時には大きく差が開きます。これはEXの視聴者属性が コア層 (ここでは男女13歳〜49歳)以外に強い(コア層に強くない)ことに起因します。EXは全日/プライム/ゴールデンの全てにおいてその傾向が強いようです。また、全日の 個人視聴率 では4番手のCX(フジテレビ)はプライム&ゴールデンでぐんと数字が上がりますが、 コア視聴率 においては全時間帯であまり逓減(個人/コア差)が見られません。コア層 に強いテレビ局であることがわかります。また他の2局もそれぞれに違った傾向が見られます。世帯視聴率一辺倒だった時代と比べると、ずいぶんとテレビの視聴実態においてわかってくることが増えてきました。
視聴率測定などに関する基本的な解説などは割愛しましたが、大切なことなのであらためてひとつだけ。視聴率はあくまでも「率」なので%(パーセント)で表わされています。ゆえにセグメント(例えば年齢や性別などの区分)をまたいでそれらを合計することはできません。つまり、10代が10%、20代15%、30代25%であった視聴率を合計して、10〜30代の視聴率は50%である、とは計算できない訳です(図4)。まあ、これは他の調査でも同じですね。こういう計算をされる方も稀でしょう。
正しくは10〜30代の被験者数を合計して母数を計算し、そして視聴人数を分子として率を計算することになります。ここでお伝えしたかったことは逆で、合算したターゲット群(グループ)を作成した時に見られる数値は、それはそれで意味がありますが、さらに分解することでもっと見えてくるものがあるということです。今回の コア視聴率 でいえば、コア層においては同率の結果であっても、その中身には差がある可能性が高いということです。これは大変興味深いです。
さらに個人全体の視聴率や コア視聴率 、あるいはもっと細かに区分した際も同様ですが、%(パーセント)から実数で見直すことで、そこから得られる気づきはもっと広がってきます。図5は、先の図3で引用した 個人視聴率 と コア視聴率 の比較を、最新の性年齢別人口データを基に実数ベース*に置き換えています。
*テレビ保有状況の勘案あり
前述のプライムタイムのNTVとEXの 個人視聴率 は共に5.9%。それが コア視聴率 でみた場合にはNTV5.4%、EX3.2%と2.2ポイントの差が開きます。この時に「NTVは個人とコアで比較しても0.2ポイントしか下がらないけど、EXは2.7ポイントも大きく下がるな」とだけ思いがちですが、実数で見ると少し印象が異なります。(ただし、示している事実は同じ)
- プライムタイムの個人視聴数はNTVとEX共に234万人
- コア視聴数ではNTVが99万人、EXは59万人
- コア層以外の視聴数ではNTVが135万人、EXが175万人
ちなみに、他3局のプライムタイムは
- コア視聴数 はTBSは66万人、TXは31万人、CXは72万人
- コア層以外の視聴数ではTBSは120万人、TXは96万人、CXは107万人
実数で見てみると コア層以外(男女4歳〜12歳と男女50歳以上)の平均視聴数の方が圧倒的に多いことがわかります。コア層もコア層以外ももう少し掘り下げて分析をしてみたい気になりますね。
さて、テレビの価値はどこにあるのでしょうか。
テレビの本当の価値を正しく評価したい
世帯にしろ個人にしろ「全体の視聴率重視」から生まれる戦術は、高齢者の絶対数が増えることにより、若年〜中堅層にはあまり好まれないテレビ番組にどんどん偏っていくことになるため、良いことだとは思えませんでした。テレビ離れ、特に地上波離れがさらに加速することになってしまいます。また、広告メディアとして考える際に、テレビはもはや高齢層のもので、若年層はネットだけでアプローチすればいいんだ、と考える広告主がいらっしゃるとすれば、それは浅慮を悔いることになるだろうとも危惧していました。
しかし、逆にテレビ局側がネット(デジタル)に負けないように、これからは若年層を積極的に取り込む番組作りへと軽忽に舵を切るのも、テレビの生き残りを考える上では少し危ういのではとも考えています。これまではテレビに関するデータが少な過ぎて、テレビCMは○かXか?、効果があるかないか?テレビの価値は圧倒的なリーチ力と、CPM*で見た時のコストの安さ、それが果たせないならネットの方が効率的だ、と画一的に捉えられ過ぎていたのではないでしょうか。
*CPM:広告表示1,000回あたりの単価、または1,000人あたりの広告単価
50歳以上の方が持つ購買力は、広告主企業にとっては今後も必要なものとなってくるはずですし、子供向け(男女4〜12歳)番組が持つポテンシャルも侮れません。コア層に一括りとなってしまっていますが、これから消費の中心となっていくティーン層への認知や好意形成もさらに重要になってくると考えます。テレビはもう高齢層以外には価値を見いだせないのか?いや、そうではなく、これからはコア層だけに向けた番組作りをしていくべきなのか?(コア幅が広いと編成や制作の現場も結構大変なのではないかと思えてなりませんが)
そのどちらかである必要はないのではないでしょうか。いや、どちらかではいけないと思います。電波は公共財。高齢者だけのものでも、若者〜中堅層へ向けるためのものでもないですし、テレビ局や広告主だけのものでもありません。みんなのものです。65年以上の歴史があって、ほぼ全国津々浦々にインフラが整備され、高画質で、安価に安心して観られる日本のテレビ放送が、すごく限定された人たちだけに向かっていい訳はないのです。ですから、誰にだって、週にひとつか、ふたつだけでもどうしても観たい番組がある、その時間だけはテレビを観る、あるいはそれをネット結線されたデバイスでも観られるようにする、というような状況をもっと作って行かねばならないのです。そして、きちんと評価する。そろそろ大量のGRPで、とにかくリーチさせることがテレビやテレビCMの役目だ、と考えることはあらためた方がいいのではないかと考えます。
そういった意味では、これまでテレビCMビジネスの根幹のひとつであったかも知れませんが、スポットCMは少し役割を終えつつあるのかも知れません。どこに、いつCMが出るか?はっきりとはわからない。とにかく、全国一律にGRPベースでの「傘」をかけ、その効率性を説明しようとする。それでも良かった時代は、みんながいつもテレビを観てくれていた頃の話。それをいくら新しいデータで価値づけしようとしても少々無理があります。これまであった年契(年間契約)でのパーコスト(テレビCM購入の%単価)も、一度全て取り壊してもいいような時期に来ている気がしてなりません。そもそもパーコストって、何の金額なのでしょうか。 世帯視聴率 の時はなんとなく合点がいってましたが…。
テレビは現行の放送方式においては、まだ特定の人に向けて、特定の番組やCMだけを流すことはできません。ゆえに、テレビ局や広告主がターゲットとして捉える層以外の人にも視聴機会を与えます。初期段階での個人視聴率の使用は、テレビCMを効率的に買い付ける(バイイングする)ために、特定層だけを指標対象として見ることが行われてきましたが、この 個人視聴率 の本当の有効活用は、さらにそれをまず「実数」に置き換えた先にあるのではないかと考えています。 プログラマティカ では、これまでもテレビの「総量評価」という考え方を提唱してきました。なかなか難しい問いではありますが、後編では、新しいテレビ評価の新指標となれるような考え方などを整理してみたいと思います。
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楳田 良輝|Yoshiteru Umeda